残業命令を拒否した社員を懲戒処分できるか (日立製作所武蔵工場事件)
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<ポイント>
◆残業を命じるには36協定の締結が前提
◆就業規則の内容が合理的であれば具体的労働契約の内容に
◆懲戒解雇まで認められるのは例外的であることに注意

今回は、会社からの残業(時間外労働)命令を拒んだ社員を懲戒解雇した事案についての最高裁判例(日立製作所武蔵工場事件 平成3年11月28日判決)をご紹介します。

結論から言うと、最高裁は東京高裁の結論を維持し、懲戒解雇を有効としました(なお、一審の東京地裁八王子支部では懲戒解雇は無効であると判断しています。)。
最高裁の判断の概要は以下のとおりです。
「会社が、労働基準法36条所定の書面による協定(以下、「36協定」といいます。)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、就業規則に上記の36協定の範囲で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して時間外労働をさせることができる旨を定めているときは、当該就業規則の内容が合理的なものである限り、労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて時間外労働をする義務を負うし、懲戒解雇が権利濫用であるとの主張は採用することができないから、本件懲戒解雇は有効である。」

この判断の概要の前提について少し解説させていただきますと、まず、労働基準法によれば、使用者は原則として1週40時間、1日8時間の法定労働時間を超えて労働者を働かせることはできません。
これを超えて働かせると、労働基準法違反となって6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。
ただ、労働基準法36条の定めにより、労働者の過半数で組織する労働組合、その条件を満たす労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを労働基準監督署に届け出た場合には、労働時間を延長しまたは休日に労働させることができます。この1か月単位であれば法定労働時間を超えて45時間の時間外労働をさせることが可能です。
一般に、この労使協定のことを条数にちなんで36(さぶろく)協定と呼びます。

ただ、36協定が締結され届出がなされたことによって、労働者に直ちに時間外労働の義務が発生するわけではなく、法定労働時間を超えての労働が違法でなくなるにすぎません。
労働者が時間外労働を命じられた場合にそれに従う義務があるかについてはさまざまな議論がなされてきており、労働者の個別的な同意がある場合にのみ義務を負うとする地裁の判例もありました。
しかし、この最高裁判例によって、労働者の個別の同意がなくとも、36協定の締結、届出があり、かつ労働者の時間外労働を定めた就業規則が合理的なものである限り、それが具体的な労働契約の内容をなすから、労働者は時間外労働の義務を負うと明言されました。
この武蔵工場の就業規則では、「①生産目標達成のため必要ある場合、②業務の内容によりやむをえない場合、③その他前各号に準ずる理由のある場合」などの項目が列挙されており、最高裁は、「これらの規定は企業経営上、製品の需給関係の変化に即応して生産計画を適正円滑に実施する必要性等を考慮するときは、これらの規定方法は合理的である」とし、この事案の残業命令についてもこれらの項目に該当し正当な理由があるとしています。

この判決により、裁判所の残業命令についての立場が明確となり、労働者が合理的な内容の就業規則に基づく時間外労働命令を拒んだ場合には、正当な業務命令に違反したことになり、懲戒処分の対象となりうることが実務上確立したといえます。
なお、今回の論点ではありませんが、会社が労働者に懲戒処分を課すには就業規則であらかじめ懲戒処分事由と懲戒処分の内容を定めておくことが必要ですのでこの点注意が必要です。

ただ、この判例を紹介している記事のなかに、残業命令を拒否したらただちに懲戒解雇も可能であるかのように取られかねない記述も散見されます。
この判例のメインポイントが、残業命令を拒否することができるかできないかであることから、そちらにばかり目が行きがちですが、この事案を詳細に検討すると、当該社員は、過去にも何度も懲戒処分を受けており、残業命令を拒んだ後も反省していないと明言し、呼ばれた警備員に付き添われてやっと職場を退場するなどし、就業規則の懲戒事由である「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みがないとき」に該当するとして懲戒解雇されたものであって、一度の残業命令拒否がただちに懲戒解雇事由にあたるわけではないことにはくれぐれも注意が必要です。