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◆年俸に固定残業代を含める場合は額を明確に
今回は残業代を年俸に含める合意の有効性に関する最高裁判例(平成29年7月7日判決)をご紹介します。
事案は、医師が医療法人に対し、解雇の有効性を争うとともに、時間外労働及び深夜労働に関する割増賃金等を請求したものです(なお、解雇については、3審通じてすべて有効と判断されています)。
雇用契約の内容は、年俸を1700万円としたうえで、年俸は、本給、諸手当、賞与により構成されること、時間外手当(残業代)については、規程に従うこと等の定めがありました。
規程においては、時間外手当の対象を原則として病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、通常業務の延長とみなされる業務は時間外手当の対象とならないこと等の定めがなされていました。
そして、雇用契約において、この規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金は年俸1700万円に含まれることが合意されていました。
残業に対する割増賃金としてあらかじめ一定額を支払う制度(いわゆる固定残業代制)を取った場合に、割増賃金を支払ったといえるためには、これまでの判例では、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることと②割増賃金として支払われた金額が労働基準法所定の計算額を下回らないこと、のふたつの条件を満たす必要があるとされています。
この点について、原審の東京高裁及び第1審の横浜地裁は、①時間外手当を請求できない場合及びできる場合について規程で明確に定められていたこと、②業務内容が医療行為であり、時間ではなく業績において評価することが相当であり、時間外労働分を含めて年俸制で支払うことに合理性があること、③労働時間については医師の裁量が認められており、手術等の緊急業務については時間外手当が支払われていること、④年俸が高額であり、年俸に残業代を含めても労働者の保護に欠けるおそれがないこと、などを理由に、雇用契約の有効性を認め、時間外手当の請求は認めませんでした(深夜割増賃金等は別扱い)。
しかし、最高裁は、この判断は是認することができないとし、残業代については原審に差し戻しました。
その理由として、本件においては、年俸1700万円のうち、時間外労働等に対する割増賃金の部分が明らかにされていなかったから、と述べられています。
原審と1審とは、労働者が医師であり労働時間に裁量が認められていたことや年俸が高額であったことなどの実質的な利益衡量の観点から、固定残業代制の有効性判断における「割増賃金に当たる部分の判別ができるかどうか」という基準を緩やかに解釈したように思えます。
しかし、最高裁は、固定残業代制の有効性の判断について、そのような基準の緩和は認めない、という立場を鮮明にしました。
この最高裁の判断からは、医師等の専門職においても、年俸を決める際には、従来の裁判基準にのっとり、割増賃金(残業代)部分はそれ以外の部分と明確に区別することが求められているといえます。