IHI事件と有価証券報告書等の虚偽記載

証券取引等監視委員会は6月19日、造船重機大手の株式会社IHIが提出した有価証券報告書等の虚偽記載について、同社に対し約16億円の課徴金納付命令を出すよう内閣総理大臣と金融庁長官に勧告しました。金融商品取引法違反による課徴金としては過去最高額ということです。有価証券報告書の意義、機能については、当職執筆の法律情報「企業における情報の透明性確保(有価証券報告書を中心として)」をご参照ください。

証券取引等監視委員会は、IHIが2006年9月中間期半期報告書と2007年3月期有価証券報告書(新聞記事では、この半期報告書と有価証券報告書をあわせて「有価証券報告書等」といっているようです)において、売上を過大に計上すること等により過少な赤字を記載し、または、赤字なのに黒字と記載したということです。
また、同様に虚偽の記載のある有価証券届出書により株式や社債の募集をして、2006年9月26日、2007年2月26日には合計約640億円(株式)を、また、同年6月18日には300億円(社債)の調達をしたということです。
前者は金融商品取引法第172条の2第1項又は第2項に規定する「『重要な事項につき虚偽の記載がある』有価証券報告書等を提出した行為」に該当します(虚偽記載のある有価証券報告書等の提出)。
後者は同法第172条第1項第1号に規定する「『重要な事項につき虚偽の記載がある』発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させた行為」に該当します(虚偽記載のある発行開示書類の提出)。
この2つの条文の体裁はよく似ていますが、違いは、前者が有価証券報告書等の提出を対象としているのに対して、後者は有価証券の募集等によってこれを取得させる行為を対象としているという点です。
これらに該当する行為がなされた場合、内閣総理大臣は虚偽記載をした企業に課徴金を課すことになっています。

今回IHIに対する納付命令が勧告された課徴金の額は正確には15億9,457万9,999円です。このような半端な数字になるのは課徴金の計算方法が法定されているためです。つまり、現行の金融商品取引法では、「虚偽記載のある有価証券報告書等の提出」に関してはある時点での株式時価総額の0.003%(ただし300万円以上)とされ、「虚偽記載のある発行開示書類の提出」に関しては株式の場合は発行価額の2%、社債の場合は発行価額の1%とされています。
有価証券報告書等に虚偽記載があるとされた重大事件には西武鉄道事件があります。西武鉄道は上場維持のため、グループ中核企業の保有する西武鉄道株の比率を過小に記載した有価証券報告書を長年にわたって提出していました。このことが発覚して西武鉄道は上場廃止となったというのが同事件です。西武鉄道の株主は同社に対して損害賠償請求訴訟を提起し、一部の株主の請求を認める判決が2008年4月24日に東京地方裁判所から出されています。

今回のIHIの事件で東京証券取引所は、虚偽記載が当時の経営陣の故意によるものではなく悪性が低いとして上場廃止の処分をせず、同社株を「特設注意市場」銘柄として今後の改善を監視することとしました。
なお、2008年6月6日に成立した「金融商品取引法等の一部を改正する法律」により課徴金が2倍以上に引き上げられました。つまり、「虚偽記載のある有価証券報告書等の提出」については株式時価総額の0.006%(ただし600万円以上)の課徴金、「虚偽記載のある発行開示書類の提出」については、株式の場合は発行価額の4.5%、社債等の場合は発行価額の2.25%の課徴金となりました。