〔日本アムウェイ事件〕
東京地裁で平成18年1月13日、従業員に対する配置転換と降格処分が、会社の退職への示唆を拒否した従業員への不当な動機・目的による人事権の行使であり濫用に当たるとして、従業員が配置転換先で勤務する義務を負わず、元の役職での雇用契約上の地位にあることを認め、給与の差額の支払を命ずる判決がありました。
〔配置転換・降格処分の有効性に関する判断基準〕
この事案は、配置転換と降格の両方の処分がなされた事案です。
一般に配置転換については判断基準となる最高裁判例があります。「転勤命令については、業務上の必要が存しない場合か、又は業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情が存する場合でない限りは権利の濫用になるものではない。」(東亜ペイント事件)法律に明記されてはいませんが、裁判においてはこの基準で判断されています。
降格処分についても、人事権の裁量の範囲を超えて濫用と認められるか、という基準で概ね判断されているようです。
〔本件事案の概要〕
この従業員は日本アムウェイの「ニュービジネスデベロップメント本部」に所属し、新商品の企画などを担当する管理職として勤務していましたが、会社から退職勧奨を受けこれを拒否したところ、会社から配置転換・降格処分を受けました。裁判において従業員はこれが違法不当な嫌がらせを目的とするものだとの理由で各処分の無効を主張しました。
従業員は平成4年にアムウェイに入社した後、一貫して管理職として処遇されていました。
ところが、平成16年2月に同社人事部長が従業員に対し「ニュービジネスデベロップメント本部」を解散することを告げたうえで退職勧奨を行い、「給与は月額30万円から40万円(元の給与は約84万円)にダウンする。」、「業務ははっきり与えられないし、ほぼ無いに等しい。」、「解雇されない保証はない。」などと述べました。
従業員がこの退職勧奨に応じなかったため、会社はこの従業員を人事部付けにしたうえで2階級降格して管理職を解き、基本給を約40万円減額したという事案です。
〔裁判所の判断〕
これに対して裁判所は、退職勧奨があったこと、従業員の同意あるいは同人との真摯な話し合いなしに人事部付きとして配置転換し、2階級降格のうえ給与を大幅に下げ、業務として警備腕章をつけたうえでの警備業務や清掃業務等を命じたことなどを認定したうえで、会社は従業員が退職しないことによる不利益をことさらに課しているものと見ざるを得ない、と判断しました。
また、確かに従業員の人事評価については良い評価にはなっていないものの、従業員を管理職として採用した経緯やそれまでの勤務歴に照らしても、他に受入部署がないからといって人事部付けにしたうえで、警備や清掃の仕事をするよう指示することは行きすぎであるといわざるをえない、従業員がアムウェイに対し取り立てて大きな損害を与えたりした事実がないのに、従業員のキャリアを生かすような仕事を用意するわけでもなく冷遇するのは、会社の人事権の行使として合理性・説得力に欠けるものである、と判断しました。
〔コメント〕
解雇が正当とされる状況にない場合に、会社が、退職勧奨に応じない従業員に対し、本人が望まないであろう配置転換を行うというのはままあることです。
従業員側も、解雇されたのでなければ、職場でこれ以上居心地が悪くなるのを恐れて法的手段に訴えないことが多いと思われます。
しかし、本件では給与がほぼ半額にされたうえ、特段の不祥事がないのに2階級降格され、しかも、いやがらせ的にこれまで全く行ったことのない業務を行わせるという会社の悪質な対応に耐えかねて従業員が訴訟を提起したものと思われます。
なお、慰謝料は請求されていなかったため認められていませんが、請求していれば認められていた事案だと思われます。
本件では、従業員のこれまでの知識や経験を生かすべき職場を用意する義務が会社にあるかのような表現がなされていますが、これは、本件では、会社側の不当な動機・目的が顕著であったためであり、配置転換一般には当てはまらないと思われます。
会社の人事担当者は、会社の要請にもかかわらず退職しない人間を「悪」とみて苛烈な処遇をするのではなく、退職勧奨に応じなかった以上は、極端に走ることなく、法に従ってリーゾナブルに処遇することが会社の信用維持のためにも、トラブル防止のためにも重要だと思います。