自社株を対価とするTOBが容易に

<ポイント>
◆ 産活法認定の事業計画によるTOBの場合、検査役の選任が不要に
◆ 認定事業計画によるTOBでの「有利発行」に株主総会の特別決議が不要に
◆ 産業再編に向けて将来は会社法にもこの制度が採用される可能性も

今年(2010年)9月24日の日経新聞によれば、経済産業省はTOB(株式公開買付け)の対価として自社株を活用できるように産活法(正式には「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」)の改正案を来年の通常国会に提出する予定だとのことです。
産活法は企業経営の再構築等を支援することを目的とする法律です。
ダイエー、カネボウなどが産活法による支援を受けました。経営不振企業の再生のための法律というイメージがあり、順調に経営されている企業には無関係と思われるかもしれません。
しかし、今回の産活法改正は将来の会社法改正にも影響を与える可能性があり、一般の企業にも無関係ではありません。
産活法で取り入れられた制度を会社法で一般化するという手法は過去にも例があります。たとえば、合併により消滅する会社の株主に対して、存続する会社の株式ではなく金銭を支払うスキームは産活法で認められた後、会社法の制定の際に一般化されました。

上場会社の株式を一定割合以上取得しようとする場合にはTOBによらなければなりません(TOBについては、「TOB(株式公開買付け)の失敗例について(シャルレの事例)」参照)。
よくあるTOBの事例は、上場会社を子会社にして親子会社関係にする場合、経営陣が自ら会社を買収する場合(MBO)です。
TOBが成立した場合、公開買付者は応募者に対価を渡さなければなりません。通常は金銭を対価としていますが自社株を対価とするTOBも可能です。つまり、A社がB社株についてTOBをして、応募してきたB社株主にA社株を渡すことも可能なのです。
A社が応募してきたB社株主にA社株を渡すために、A社は新株を発行するか金庫株を譲渡することになります。
応募してきたB社株主としては、A社株式を得るためにA社に金銭を出資するのではなく、B社株を出資する(現物出資)ことになります。

会社法では、金銭以外の不動産や有価証券などの財産を出資して新株や金庫株を引き受けることも可能です。
しかし、こうした現物出資については原則として裁判所が選任する検査役の調査を受けなければなりません。そして、検査役の報告によって裁判所が当該財産の価格を不当と認めたときは、裁判所は価格の変更を決定することになります。
公開買付者がTOBの応募者に現金を支払うことが通常である理由の一つは、この検査役の選任、調査などの手続きが敬遠されていることです。
ところで、我が国の企業には総額で十数兆円の金庫株が眠っていると言われています。自社株を対価とするTOBが容易にできれば、この眠っている金庫株を利用することにより、一時に多額の資金調達をせずにTOBができるようになります。
現在の産活法でも、認定された事業再構築計画等による新株発行、金庫株譲渡の際に現物出資がされても検査役の選任は不要ですが、一般の株主により現物出資される場合には検査役の選任が必要です。
今回の改正は、事業再構築計画等に基づくM&Aの一環としてTOBをする場合であれば、一般の株主の現物出資(TOB対象株式による出資)にも検査役の選任を不要とするものです。

また、TOBでは、公開買付者が買付価格を市場価格より高めに設定することが多く行われています。できるだけ多くの株主にTOBに応募してもらうための、いわゆるプレミアムです。
たとえば、A社がB社株をプレミアムのついた価格(対価はA社株)でTOBする場合、TOBに応募したB社株主はプレミアム分安くA社株を得られることになります。
このように有利な価格で新株発行や金庫株の譲渡をしようとする場合(いわゆる「有利発行」)には株主総会の特別決議が必要になります。
今回の改正では、この特別決議も不要として、事業再構築計画等に基づくTOBの場合であれば、取締役会決議だけで「有利発行」できることになるようです。

冒頭で今回の産活法改正は会社法改正に影響を与える可能性があると述べました。
それは、2010年(平成22年)6月23日に経済産業省が公表した「今後の企業法制の在り方について」で自社株対価TOBの促進を進める必要があるとし、会社法の改正を審議する法制審議会会社法部会でも議論されているからです。
経済産業省では、わが国の産業の国際競争力の低下は、同一産業内に多数のプレイヤーが存在しており、世界市場に進出する以前の「国内予選」で消耗戦になっていることが原因の一つとしています。
そして、国際競争力を強化するために、組織再編、M&Aなどを通じていち早く外部の経営資源を取り入れることが必要としています。つまり、同一産業内のプレイヤーを減らすために組織再編、M&Aを容易にしようというわけです。
そこで、検査役の選任という煩雑な手続きを避けつつ、新株発行や金庫株の利用により現金流出を避けて容易にTOBができるようにしようとしているものです。
ただし、今回の産活法改正の方向で会社法が改正された場合、TOBの対価としてであれば取締役会決議だけで「有利発行」できることになります。そのため、取締役会に対する十分なチェックをするためにどうすればいいか議論を深める必要があります。