最近の景気回復により経済状況が好転してきたことから、上場企業が自社株買いを進めており、鉄鋼業界などでは自社が最も保有株式数の多い「筆頭株主」になる例も現れているということです。これは、敵対的な買収に対抗することが重要な動機のようですが、会社の資産が市場に放出されるという意味では配当と同じことになりますので、株式市場は好感をもっているということです。
そもそも、株式会社が自己株式を自由に取得できるようになったのは、平成13年の商法改正からで、原則として定時株主総会の決議により自己株式を取得することができるようになり、平成15年の商法改正では取締役会の決議によって自己株式を買い受ける旨を定款に定めることができることになりました。この改正でも常に取締役会の決議によって自己株式を取得できるかどうかには疑問があったのですが、会社法の施行によって定款の定めがあれば常に取締役会決議のみで自己株式を取得できるようになりました。
このように非常に使い勝手がよくなったことから、上場企業は市場から取得するという簡単な方法で機動的な自己株式の取得を推し進めた結果、上記のように「筆頭株主」になる例も現れてきたのです。
なお、上場会社が自己株式を取得する際には、取締役会で取得する株式の数(及び種類)、引換えに交付する金銭、期間を決議したことについて、事前に開示をしなければならず、開示せずに自己株式を取得した場合にはインサイダー取引規制に抵触します。
このようにして取得した自己株式については、株主総会での議決権の個数には算入されず、会社は議決権を行使することもできませんし、配当を受けることもありません。また、株主に新株を割り当てたり、新株予約権を割り当てる場合にも、自己株式に対して割り当てをすることはできません。会計上は、自己株式取得価額は純資産の部から控除する形で計上されます。
ただ、会社が自己株式を保有する期間には制限がなく、一定期間経過後に消却するか再び放出するかを決めなければならないということはありません。そのため、会社に大量の自己株式がある場合、市場は、会社が自己株式を放出する機会をうかがっているのではないかと考えることになります。
会社が自己株式を再び放出する際には新株発行と同じ手続きをとる必要があります。つまり、上場会社であれば、取締役会の決議によって募集の内容を決めることになります。株主割当てにするか、第三者割当てにするか(ただし、第三者に特に有利な価格で発行する場合を除きます)、または公募によるかについても取締役会の決議により決めることになります。
自己株式を金庫株として保有したままであれば再び放出されることについて懸念があり、投資家の間では消却を求める声が高いという新聞報道もありますが、新株発行であれ自己株式の処分であれ、会社法上の手続きは同じです。会社法199条では、「株式会社は、その発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をしようとするときは」としてその手続きを規定しており、両者を全く区別していません。また、いずれの場合の申込みや払込みの期間も同じであり、どちらかが短いということもありません。さらに、株式の消却をすればその分だけ発行済み株式数が減少するので、消却後にその分だけ新株発行するのと、消却せずに自己株式を放出するのとで発行済み株式数に変更はありません。その他、双方ともインサイダー取引規制を受けており、新株発行もしくは自己株式の処分による売り出しの開示があったあとでなければ、その事実を知った内部者は株取引をしてはなりません。
したがって、投資家に自己株式の消却を求める声が高いとすれば、また、先日の新聞記事でも東ガスの自己株式消却を好感する旨を伝えているのは、金庫株という名称が、いつでも簡単に自己株式を市場に放出することができるというイメージを想起させるためではないかと思います。