私が被告会社代理人として担当したシックハウス(またはシックビルディング)に関する訴訟で、原告の請求を棄却する判決がありました。シックハウス症候群とは、一般的に「住宅等に使用される建材等から室内に発散するホルムアルデヒド等の化学物質に室内空気が汚染されることにより、眼、鼻またはのどなどへの刺激、頭痛などの多様な症状が生じるもの」をいいます(後記大阪地裁の判決文より)。
この件は、会社に勤務していた原告が、会社社屋の改装工事で使用された材料からホルムアルデヒドが発生したため化学物質過敏症に罹患したとして、会社に対して雇用契約に基づく「安全配慮義務違反」を理由に損害賠償を請求したという事案です。
シックハウスや化学物質過敏症に関する責任を問う訴訟はこれまでにもありましたが、本件で特徴的なのは職場環境が問題とされ勤務先の会社が訴えられたという点です。
被告たる当方は、改装工事の建材にホルムアルデヒドは全くあるいは微量にしか含まれず、社屋での勤務と原告の症状との間には因果関係はない、また、仮に原告が物質過敏症にかかっていたとしても、会社としてはこれを予見できず、安全配慮義務に違反するところはない、などと反論していました。
これに対して、第一審たる大阪地方裁判所は平成18年5月15日、原告が化学物質過敏症にかかったことは認められるとしつつ、会社の安全配慮義務違反があったとはいえない、と結論付けました(判決文は判例タイムズ1228号207頁に掲載されています。)。
大阪地裁は当時の行政通達の状況から、会社の安全配慮義務違反を否定しました。
つまり、原告が改装後の社屋に勤務していた平成12年5月ないし8月当時は、厚生省においてホルムアルデヒドの指針値が定められていたものの、同省が各都道府県知事にその指針値などの通達を出したのが平成12年6月であり、また厚生労働省労働基準局長が各都道府県労働局長あてに、事業者に対しホルムアルデヒドによる労働者の健康リスク低減の措置を講ずるように努めることの周知方の依頼通達を出したのが平成14年3月であったことを認定しました。
大阪地裁は、当時このような状況であったことからすると、会社は社屋からホルムアルデヒド等の化学物質が発生し、それを原因として原告がシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患したと認識し、必要な措置を講じることは不可能または著しく困難であったということができる、したがって、会社に安全配慮義務違反があったとはいえない、としたのです。
原告はこれを不服として控訴しましたが、第二審たる大阪高等裁判所も平成19年1月24日、会社の安全配慮義務違反を認めず、原告の控訴は棄却されました(なお、その後、上告などの不服申し立てがなかったため、判決は確定しました。)。
大阪高裁は第一審の理由に付け加えて、「控訴人(原告)以外の従業員に悪臭などを訴えた者もいたがしばらくすると症状が軽快したこと」、「ホルムアルデヒド濃度は一般健康労働者にとって症状が出るほどのものではなかったこと」、「控訴人を診断した医師の中にもシックハウス症候群であると断定できないとする意見があって医師の間でもシックハウス症候群または化学物質過敏症が広く知られていたとは認められないこと」を理由に控訴人(原告)の控訴を棄却しました。
本件においてシックハウス症候群または化学物質過敏症の罹患が認められた点は、当方の主張と異なるものでしたが、会社の安全配慮義務違反が否定された点は当方の主張に沿うものでありました。
しかし、大阪地裁判決にもあるように、平成12年当時はまだシックハウスに関する知識が一般的に周知されていなかったことが安全配慮義務違反を否定する根拠であったとするならば、ホルムアルデヒド等の化学物質の規制が整備されてきている今後は、同種の訴訟において、違った結論が出ることもありうるように考えられます。