相続によって株式が分散したときの事後的な対策
【関連カテゴリー】

<ポイント>
◆後継者が非後継者たる相続人に任意の売却を求める
◆会社が非後継者たる相続人から自社株を取得する方法もある
◆相続人等に対する売渡請求に関しては、導入について検討が必要

これまでオーナー経営者からの相続による株式分散を避けるための事前準備について説明してきました。
今回は相続によって株式が分散したときに取りうる手段について説明します。

当然、後継者が非後継者たる相続人に対して、株式を任意で売ってくれるよう、交渉するということが考えられます。
後継者に買取のための手持資金がなければ、資金調達をしなければなりません。この点、日本政策金融公庫、沖縄振興開発金融公庫は、通常、事業者(会社、個人事業主)にしか貸し付けないところ、経営の承継に伴い株式を取得するための資金など事業活動の継続に必要な資金については、代表者(後継者)に貸し付けることができるとされています(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律=経営承継円滑化法14条)。ただし、そのためには、会社(個人事業主も)の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事の認定を受けなければなりません(同法12条、16条、同法施行令2条)。
もちろん譲渡制限株式の譲渡に関し、取締役会(取締役会設置会社の場合)または株主総会(それ以外の場合)の承認が必要です。

後継者が買い取るのではなく、会社が非後継者たる相続人から、自己株式(自社株)を取得することによって、相対的に後継者の議決権割合を上げるということも考えられます。
この場合、中小企業信用保険法の特例として、会社が、信用保証協会の通常の保証枠とは別枠の保証を利用することができることが定められています(経営承継円滑化法13条)。この場合も、都道府県知事の認定が必要です。
なお、会社が特定の株主から自社株を取得する場合、株主総会の特別決議が必要です。換金困難な株式の売却機会の平等を図る等の趣旨によるものです。これに関連する取締役会決議も必要であり、会社法の定める一定の分配可能額(最終の決算期の貸借対照表から算出される剰余金を基本に一定の増減をした額)の範囲内でなければならない等財源の制約があります。
非上場株式を会社に譲渡した場合、高率のみなし配当課税がなされるので、売主が売却を躊躇するという問題がありましたが、非上場株式を相続した個人が相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までに会社に株式を売却した場合、譲渡益課税が適用されるとの特例もあります。
 
これらはあくまで非後継者たる相続人が任意に買取等に応じる場合です。任意に応じない場合に関して、会社法上、二つの制度があります。
一つは、会社が、相続人等に対して、相続等をした株式の売渡を請求することができる制度です(174条)。定款によって予めそのことを定めておかなければなりません。相続等があったことを知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経て請求することができます。売買価格は会社と請求を受けた者との協議によりますが、整わなければ裁判所に価格決定の申立てをすることができます。売渡請求があった日から20日以内に申し立てなければなりません。
ただ、株式を相続等した者全てが売渡請求の対象者となってしまうため、後継者が相続した自社株も対象となりえ、請求を受ける者が株主総会で議決権を行使できないことから、後継者への売渡請求の株主総会決議が成立してしまう可能性があります。もっとも、会社法の定める分配可能額の範囲内での買取でなければならないため、実際上は困難とされています。後継者が相続によらずに生前贈与等の特定承継を受けていれば、対象にはなりません。
いずれにしても、事後的な策とはいっても、定款で定めを設ける前によく検討しておく必要があります。
もう一つは、特別支配株主による株主等売渡請求(会社法179条)です。
会社の総株主の議決権の90%以上を有する株主は、他の株主の全員に対し、その保有するその株式の全部を自己に売り渡すことを請求することができます。特別支配株主から会社に売渡請求し、取締役会で承認決議されます。会社から売渡株主に対し通知がなされ、事前開示手続があって、売渡の効力が発生します。「少数株主の締め出し」のための制度であり、相続分によって均等に分散してしまったようなときのためのものではありません。