病気により一部の労務が提供できない場合 -片山組事件
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<ポイント>
◆「債務の本旨」にしたがった労務の提供が何かが重要
◆配置の現実的可能性がある労務の提供ができればOK
◆企業は、労働契約による業務限定を検討する必要あり

病気により従業員が従前と同様の業務に就けない場合、会社としては、どのように対応すればよいのでしょうか?
今回は、そのような事案について判断した最高裁判例(平成10年4月9日)をご紹介します。

事案は以下のようなものです。
長年、建設会社の現場監督業務に従事していた従業員が、一時的に勤務していた非現場業務から、再びあらたな建築工事現場での現場監督業務を命ぜられたのに対し、その業務に従事しつつ、以前からパセドウ病に罹患しているから、同業務のうち、現場作業に従事したり、午後6時以降の残業や休日出勤をしたりすることはできないと申し出て、「現在内服薬にて治療中であり、今後厳重な経過観察を要する。」と記載された医師の診断書や、疲労が激しく、動悸、発汗、貧血などの症状があるという趣旨の病状説明書を提出しました。
それに対し、会社は、当分の間自宅治療を命ずるという業務命令を出し、4か月後に現場復帰命令を出すまで、その従業員の就労を拒否し、欠勤扱いとして給与を支払いませんでした。
従業員は、この自宅治療せよとの命令は、必要性がないのになされたものであるなどの理由で無効であるとし、現場復帰するまでの間の賃金の支払いを請求しました。

一審は、会社が客観的な判断資料の収集に努めることなく、労働者の現場監督業務への就労を全面的に拒否したことは、相当性を欠いているとして、従業員の請求を認めました。
ところが、控訴審(東京高裁)は、労働者が労務の一部のみの提供しかすることができない場合には、債務の本旨に従った履行の提供とはいえず、本件においては、現場監督である従業員が現場作業にかかる労務の提供ができないのであれば、債務の本旨にしたがった履行ができない債務不履行の状態であるとして、従業員の請求を認めませんでした。
ここでいう債務の本旨というのは、義務の本来の趣旨という意味です。

これに対し、最高裁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお、債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」として、控訴審判決を破棄したうえ、東京高裁に差し戻しました。
そして、そのように会社が就業を命じた業務の遂行可能性を基準に債務の本旨にしたがった履行の提供の有無を判断すべきでないとする理由として、「そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。」としています。

このような考え方を前提に、この従業員の職種や業務内容が労働契約上現場監督業務に限定されていたとは認定されていないのに、従業員が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討せずに、債務の本旨にしたがった労務の提供がなかったと認定した原審の判断は違法であるという結論になったのです。

この最高裁判決によれば、特定の業務を長年行っていたとしても、労働契約上、その業務が限定されていなければ、疾病によりその業務に就けなくなった場合、企業は、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実業及び難易度等に照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務に配置しなければならないということです。

この立場をとっても、特定の企業が、例えば事務で必要とする人数が極端に少なく、増員あるいは交代が困難である場合、あるいは事務の内容が高度に専門化されている場合などは、企業はその事務業務に現場の人員を配置する義務はないのでしょう。
しかし、紛争を避けるという観点からは、企業としては、ある人員を特定の業務につかせることしか想定していない場合で、特定の業務以外に配置するのが困難な場合には、労働契約の締結時に業務内容を特定しておくなどの工夫が必要といえるでしょう。

この裁判例は休職後の事案ではありませんが、この最高裁の考え方はうつ病などに罹患し休職したあとの就業制限のある職場復帰の場合にも当てはまると考えられ、その点で実務上影響の多い判例だと思います。