<ポイント>
◆税額控除などの当初申告要件、記載限度額要件は多くが廃止
◆更正の請求ができる場面が拡張された
次のような事例についてどう思いますか。
外国の土地を所有しており、これを売却したところ譲渡所得が生じたので、物件が所在する国の税制に従って譲渡所得税を納めた。
個人事業主なので日本でも確定申告を行っているが、土地の譲渡所得税は外国で納付済みなので、日本では土地の譲渡所得について何も申告しなかった。
ところが、後になって税務署から申告もれと指摘され、しぶしぶ修正申告をしたが税金の二重払いになってしまう。
更正の請求をして二重払いを避けることができないか?
外国で税金を納めているのに日本でも課税されることに納得がいかないと考える方が多いと思います。
海外で課税されている場合に、そうした外国税額の一定範囲までは日本での課税額から控除されるという制度を外国税額控除といいます。
上記の事例では、外国税額控除について確定申告書に記載しておらず、更正の請求を行う段階になっていわば事後的に外国税額控除の適用を主張できるかどうか、という問題です。
昨年の税法改正により、現在は更正の請求をして事後的に外国税額控除の適用を受けることができるようになりました。
しかし従来は、税務署は当初の確定申告書に記載がないかぎり、事後的に更正の請求によって外国税額控除の適用を受けることを認めていませんでした。
平成23年改正前の所得税法や法人税法の条文上は、外国税額控除の適用を受けるには、(1)確定申告書(当初の申告書をいい、修正申告書ではだめ)に外国税額やその明細を記載すること、(2)控除される税額は確定申告書に記載された外国税額の範囲内であること、などの要件が課されていました。
(1)は当初申告要件、(2)は記載限度額要件あるいは控除額の制限といわれていました。
外国税額控除以外にもこうした要件が課される税額控除や益金不算入などの制度がかなり多くありました。
これらの要件の文字面からは、当初の確定申告書に税額控除について記載がなかった場合、後に更正の請求の段階で外国税額控除を主張することはできず税金の二重払いを強いられることになります。あるいは、本来なら1億円の税額控除を受けられるところを記載ミスで控除額を6000万円と記載してしまった場合、差額4000万円についてはやはり二重払いを強いられます。
税務署は当初申告要件や記載限度額要件を理由に、納税者が更正の請求をして税額を是正することを否定してきましたが、更正の請求という納税者の権利を軽視するものとして批判がなされていました。
そうした状況のなか、平成21年には最高裁が記載限度額要件を大幅に緩和する解釈を示していました。
この最高裁判例の事案は、外国語の読み間違いにより、確定申告書に本来よりも過小な外国税額を記載してしまったというものです。記載額限度要件を文字面どおりにとらえると、当初の確定申告書に記載した少ない金額でしか外国税額控除は適用されず、更正の請求を行う段階になって控除額を増額(課税額を減額)させることはできないことになります。税法の条文の体裁からはこのように考えるのが自然です。
ところが最高裁は、「確定申告書に記載された外国税額」には、実際に確定申告書に記載された金額だけではなく、記載ミスがあった場合には、ミスを修正して正しく計算しなおした金額も含むと判示したのです。
最高裁は、まず法人税法上の外国税額控除について上記のような判示を行い、その後には別事件で所得税額控除についても同趣旨の解釈を示しました。
本来1億円の税額控除額が可能だがミスで控除税額6000万円と記載してしまったという場合、最高裁の解釈によれば、記載限度額要件にも関わらず更正の請求を行って1億円全額の税額控除を受けることができます。
確定申告書に実際には記載されていない1億円の税額控除を認めるというのですから、通常の文言解釈からするとかなり強引です。
最高裁がこうした解釈を示した背景には、更正の請求を納税者の権利として尊重しようという価値判断があります。
こうした最高裁判例を契機に、税額控除の要件をめぐる税務争訟が増加していたようです。
私自身も外国税額控除に関して税務訴訟を取り扱った経験があります。
その後、最高裁判例も追い風となって法改正の議論がなされ、平成23年の税法改正により、税額控除などに関する当初申告要件、記載限度額要件は多くが廃止されました。
(ただし一部の控除制度については政策的観点から要件が維持されています)
このほかにも平成23年税法改正では、更正の請求をできる期間が従来の1年から5年に拡張されるなどの重要な変更が行われています。
当初申告要件・記載限度額要件の廃止については、平成23年12月2日以後に法定申告期限が到来する国税について適用があります。
更正の請求期間の拡張についても適用開始時期は同様ですが、法改正をふまえた税務署の運用として、それ以前の年度分についても納税者からの請求を受けて減額更正を実施するよう努めるものとされています。
思い当たる事項はないでしょうか。
さて、上記の最高裁判例は文言解釈としてはかなり特殊ですが、重要な価値判断のためにときには最高裁が文字面の解釈では多少譲ることもあるのだという点が非常に印象的です。
また、裁判官にそうした解釈を認めさせるように税務訴訟を展開した代理人弁護士の探究心にも並々ならぬものがあったのではと思い、敬意を表さずにはいられません。
「記載された額」を「本来記載するべきだった額」と読み替える大胆な主張は、最終的には最高裁の支持を得たとはいえ、議論の初期段階ではかなり異論もあったのではないかと推測します。
しかし、税務訴訟が契機となってついには法改正まで実現したのです。
形式論よりも大事な価値のために果断に・柔軟に・あきらめずに対処することの大事さ、そういったことを改めて考えました。