敷引特約の有効性
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<ポイント>
◆敷引特約は敷引金の額が高額すぎなければ有効
◆通常損耗補修特約が有効になるためには高いハードルがある
◆敷引特約の有効性に関する実務には平成23年判例以降変化が見られない

1 敷引特約の有効性に関する判例
居住用建物の賃貸借契約における敷引特約(賃貸人が賃借人に敷金を返還するにあたって一定の金額を差し引く特約のこと)は、消費者の利益を一方的に害する条項としてその有効性が問題になります(消費者契約法10条)。
この点に関する判例(最高裁判所平成23年3月24日判決)によると、「敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り・・・消費者契約法10条により無効となる」とされています。
要するに、賃借人が消費者の場合の敷引特約は、敷引金の額が高額に過ぎると評価される場合でなければ無効にならないということです。
敷引金の額がいくらであれば高額すぎるという評価になるのか一概には言えませんが、月額賃料の3.5倍程度の金額でも高額すぎることはないと判断された裁判例があります。

2 敷引特約と通常損耗補修特約との比較
敷引特約には通常損耗(建物の通常の使用に伴う汚損や損傷のこと)の補修費用を賃借人に負担させるという側面があります。
上記の判例でも、敷引金が高額すぎるかどうかを検討する材料の一つとして、通常損耗の補修費用を挙げています。

他方で、通常損耗の補修費用を賃借人に負担させる特約としては、通常損耗補修特約もあります。
この特約はその名のとおり、本来賃貸人が負担すべき通常損耗の補修費用を賃借人負担とするものです。
通常損耗補修特約が有効になるための要件は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に以下のように記載されています。
(1)特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
(2)賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
(3)賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
本稿では細かい説明は省きますが、実務上これらの要件を満たすハードルは非常に高く、多くの裁判例で通常損耗補修特約の有効性が否定されています。

そうすると、通常損耗の補修費用を賃借人が負担するという意味では敷引特約も通常損耗補修特約も同じなのに、敷引特約の方が通常損耗補修特約よりも有効性が認められやすく、不均衡が生じているようにも思えます。

3 最高裁判所平成23年3月24日判決以降の裁判例
このような視点で上記判例以降の敷引特約に関する裁判例を検討しましたが、敷引特約の有効性を判例よりも厳しく判断している例はありませんでした。
したがって、上記のような不均衡が生じていることには留意しておいた方が良いかもしれませんが、実務としては上記判例を参照しておけば良いということになります。