打切補償の支払いによる解雇制限解除についての最高裁判例 -専修大学事件
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<ポイント>
◆業務上の負傷・疾病の療養中の従業員は解雇できない
◆企業が療養費支給し、3年経過していれば打切補償支払って解雇可能
◆労災保険の療養費受領の場合も打切補償できることが明確に

労働基準法第19条1項において、労働者が業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間については、解雇してはならない、という解雇制限の規定があります。
これは、業務上の負傷や疾病については、会社の業務のために発生した公傷病であるため、それを理由として解雇するのは労働者にとって酷であるという趣旨から労働者を保護する規定です。
なお、第19条の解雇制限については、通勤災害の場合は対象ではありません。
ただし、例外として、労働基準法第19条1項ただし書きにおいて、「労働基準法第81条に規定する打切補償」を支払った場合には、解雇制限が解除され、解雇が可能になります。
「労働基準法81条の規定」というのは、療養中の労働者が療養開始後3年を経過しても負傷または疾病が治癒しない場合においては、企業側は平均賃金の1200日分の打切補償を支払うことによって、その後の労働基準法上の災害補償義務を免れるというものですが、労働基準法第19条1項は、これを解雇禁止規定の適用除外事由としても認めたものです。 

今回は、労災保険上の療養補償給付・休業補償給付を受けていた労働者について、企業側が打切補償を支払ったことによって、労働基準法第19条1項ただし書きにより同項本文の解雇制限が解除されるかについての最高裁判所の判決(平成27年6月8日 専修大学事件)をご紹介します。

ここまでの記述を読まれた方は、打切補償を支払えば当然解雇制限は解除され、解雇は可能と思われる方がほとんどだと思います。
結論としてはそのとおりなのですが、これまでの判例の一部や、この事件の1審、2審はそのようには判断せず、企業が療養補償を直接支払ったのではなく、労働者が労災保険に基づく療養補償給付を受けている場合は、打切補償を支払っても解雇は無効としていました。
そのため、企業としては、かなりの費用を負担して打切補償を支払うのにその効果が明らかではないため、なかなか打切補償を支払って解雇するという選択肢はとることができませんでした。

なぜこれまで解雇を無効とする判決が出ていたのかというと、その判断を行った裁判所は労働基準法第81条の文言を重視していたためであると思われます。
というのは、労働基準法第81条は、「第75条の規定によって補償を受けている労働者」であることが要件となっていて、第75条は、労働者の労災についての企業の療養補償義務を定めたものであって、労災保険法による療養補償給付がなされている場合、とは書かれていないのです。
つまり、これまでの判例の立場は、おおむね、労災保険の療養補償給付を受けていて、企業から直接療養補償を受けていない労働者については、文言上の定めにより、労働基準法第81条のいう労働者に当たらない、よって、企業が打切補償を行っても労働基準法第81条の要件を満たさず、よって、労働基準法第19条1項ただし書きの適用の範囲外であり、解雇制限の解除を主張することができない、という判断をしてきたのです。

しかし、このような裁判所の判断については、通常労働者が業務上負傷したり病気になったりした場合には、労災保険の給付を受けることによって療養補償を受けることが通常であり、直接会社から療養給付を受ける場合はほとんど見受けられないことを考えると、現実的でなく、企業にとって酷にすぎるとする批判が多かったのです。

このような批判が多かったことから、最高裁の判断の行方が注目されていましたが、大方の予想どおり、最高裁判所は、労災保険上の療養補償給付・休業補償給付を受けていた労働者について、労働基準法第81条の労働者に当たるとして、同条に定める打切補償を支払えば、労働基準法第19条1項ただし書きの要件を満たし、解雇制限は解除される、すなわち、療養開始後3年を経過しても負傷または疾病が治癒しない場合においては、企業側は平均賃金の1200日分の打切補償を支払えば解雇は可能であると判断したのです。

最高裁判所がこのような判断をした主な理由としては、(1)労災保険法による給付は労働基準法上の災害補償に代わるものであるし、(2)実質的にも、労働者が労災保険法上の給付を受けている場合には打切補償を受けたあとも労働保険法による療養補償給付がなされる点で、労働者の利益の保護を欠くとも言いがたい、の2点があります。

最高裁判所において、このような判決が明確に出された以上、結論だけ理解しておけば十分な判例ともいえますが、まだ判決がでて間がないことから、実務の参考にしていただくべく、ご紹介させていだだきました。