<ポイント>
◆インサイダー取引の平均課徴金額は過去2番目に少額だが、高額追徴金の刑事事案あり
◆告発事例は大幅に増加している
証券取引等監視委員会は、2008年(平成20年)から毎年公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」を2023年(令和5年)6月30日に公表しました。
この課徴金事例集によると、令和4年度(令和4年4月から令和5年3月)に課徴金納付命令を出すよう勧告が行われたインサイダー取引件数は8件(6事案。1事案で2件の勧告事案が2事案ありました)と昨年より2件の微増でした(インサイダー取引規制の概要については拙稿「インサイダー取引をさせないための社内対応」。
ただ、少額の課徴金納付命令勧告が増え、1件あたりの平均額は約100万円で公表開始年度以来の過去2番目に少額となりました。
一方で、事例集には搭載されていませんが、上記期間には7件の告発案件が公表されていて(違反行為は令和元年12月から令和2年12月にかけて)、刑事事件となる悪質な案件が多かったともいえるようです。
本稿では、課徴金納付命令事案を述べたあとに告発案件にもふれることとします。
今回の課徴金納付命令事案6事案のうち、公開買付が関係するのは4事案であり公開買付の事案が多くなっていることがわかります。
これらの公開買付事案には敵対的な公開買付はなく、マネージメント・バイ・アウト、上場子会社の完全子会社化、ファンドによる非上場化(その理由は不明)などとなっています。
インサイダー取引を行ったのは、発行体である上場会社の従業員及びその情報受領者、契約締結交渉者の役員ですが、課徴金事例集でも述べられているとおり、この種の案件は重要事実の決定から公表まで長期化する傾向があり、特に友好的な公開買付においては開示前に情報を取得する関係者が多くなることも上記のような結果となった理由と思われます。
また、取引推奨事案が6事案の半分の3事案ありました。自らインサイダー取引をせず、また、重要事実の伝達をせずに、利益を得させる目的で対象上場会社の株式の売買を勧めることについても証券取引等監視委員会の監視の目が光っているといえます。
今回の課徴金事例集のうち、N社が決算情報について業績予想の上方修正をするとの重要事実を知った同社従業員が親族に伝えたところ、その親族がN社の株式を1000株、取得価格137万4000円で買い付けたという事案がありました。
情報を伝達した従業員は取引推奨をしたと認定されておらず、単に情報を漏らしただけだと思われます。また、当該社員の情報入手経路は不明です。
しかし、決算情報については会社内部で厳格な管理がされていない会社もあろうと思いますし、特に上方修正するような好業績であれば、貢献した従業員への報償を行うセレモニーなどで開示前に情報が内部に伝えられることもあろうと思います。
本件は単純な事案といえますが、今一度、決算情報の情報管理の重要性を顧みるべきであろうと思います。
告発案件についてもふれておきます。告発事案7件のうち4件は、株式会社スクウェア・エニックス(スクエニ)が携帯電話機向け新作ゲームの共同開発を行っていたところ、配信開始を見込める段階までに進捗していたことを知ったスクエニの従業員2名がインサイダー取引を行った事案です。
この新作ゲームの開発は2件あり、一件はA社との間で、一件はH社との間でそれぞれ行っていましたが、同従業員らは、上記進捗によりA社、H社の運営、業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす状態となったこと(いわゆる「バスケット条項」です)やそれによるスクエニ社とA社またはH社の業務提携を知りながら、上場会社であるA社、H社の株式を買い付けたものです。
この事件は2023年7月7日に第一審の判決がされており、一人は懲役2年6月(執行猶予4年)、罰金200万円、追徴金約1億7100万円、もう一人は懲役3年(執行猶予5年)、罰金400万円、追徴金約1億7600万円でした。
事件の悪質性と金額の大きさが刑事事件に相応しいと判断されたものと思われます。企業が役職員によるインサイダー取引を防止するための対策をとる必要性は依然として高いといえます。