始末書を提出しない従業員への対応
【関連カテゴリー】

<ポイント>
◆始末書の提出を義務付けるには就業規則の定めが必要
◆不提出を理由に懲戒処分できるかは判例上争いあり
◆もとの懲戒処分の有効性に争いある場合の対応は慎重に

企業側の立場からいうと「問題社員」という言い方になってしまうのですが、会社との関係が悪化してしまい、従業員が上司の指示に従おうとしない場合にどう対応すべきかと相談を受けることがあります。
たとえばコピーをしなさい、とかこの伝票を作成しなさいというような、職務上の指示に従わない行為であれば、シンプルな業務命令違反であり、ほとんどの会社で懲戒事由(懲戒処分の理由)としていますので、もっとも軽い戒告や譴責などの懲戒処分から始まって違反行為の回数を重ねるごとに少しずつ重い処分をしていくことになります。
 なお、通常の業務を行いながらこのような証拠を集めるのは現実的にはかなり負担が多く、工夫も必要なのですが、その点はここでは触れません。

ところで、就業規則上、戒告や譴責などの懲戒処分の際に始末書を提出させる定めがある会社において、従業員が始末書を提出しないときには、どのように対処すればよいのでしょうか。
始末書とは、自己の就業規則違反の行為を確認・謝罪し、将来同様の行為をすることがない旨を誓約する文書をいい、本人に反省を促すことを目的とする文書です。
就業規則によって、譴責の場合のみに始末書の提出を求めるものや、戒告や譴責の場合に始末書の提出を求めるもの、懲戒解雇や諭旨解雇をのぞく全ての処分について始末書の提出を求めるものなどがあります。
いずれにせよ、従業員に対して始末書の提出を求めるには、就業規則の定めが必要です。
始末書の提出が就業規則上求められているにもかかわらず従業員が始末書の提出に応じようとしない場合、始末書の不提出に対してさらに懲戒処分をすることができるかという問題があります。
これを否定する裁判例は、このようなことを許すと、反省や謝罪を強要することになり、個人の内心の自由を侵害することになるし、始末書の提出は、懲戒処分実施のために発せられる命令であって、労務提供の場において発せられる命令ではないなどを理由とします。
一方、始末書の不提出を理由に懲戒処分ができるとする裁判例は、始末書の提出命令は業務秩序の回復を図るためになされる業務上必要な指示であり、労働者は、労働契約上企業秩序維持に協力する一般的義務を負うものであるから、始末書の提出を強制する行為が労働者の人格を無視し、意思決定ないし良心の自由を不当に制限するものでない限り、労働者は正当な理由がない限りこれを拒むことができないとしています。
この点についての最高裁の判例はないものの、近時の裁判例では、始末書の提出について正面から業務と無関係であるとして懲戒処分の対象とならないとしているものは見当たりませんでした。
たとえばカジマ・リノベイト事件(東京地裁平成13年12月25日判決)において、始末書を提出しなかったことを理由のひとつとして行った解雇を無効とした判例がありますが、これも全ての解雇理由を検討したうえで、解雇を行うことは懲戒権の濫用であると判断したものであって、始末書の不提出が懲戒理由とならないとしたものではありません。
 また、その控訴審では(東京高裁平成14年9月30日判決)始末書の不提出が懲戒処分の対象となることを正面から認めています。
このような判例の流れからすれば原則としては始末書の不提出を理由に懲戒処分することは可能であるといっても差し支えないと考えます。

しかし、ある懲戒事由が発生したにもかかわらず始末書が提出されないケースでは、その従業員との間で事実関係そのものに争いがある場合が多い点に注意が必要です。
もともとの懲戒事由に関する事実関係に争いがない場合や証拠上明白である場合は処分をしてしまってもよいのですが、そうでない限り、始末書の不提出を理由に再度懲戒処分を行うことは、お互い感情的になって紛争をいたずらに拡大することになりかねず、かつ、後日訴訟等になった場合に、もともとの懲戒事由の有無についての司法の判断がどうなるかが不確定なままに次の処分を重ねることになり、企業側としてこれから行う懲戒処分の有効性が予測しにくくなるというデメリットがあります。

そのような理由から、始末書が提出されない場合には、再度提出を求める文書を交付して、それでも提出されない場合には、「○○の事案について、あなたに対して始末書の提出を求めましたが、提出がなされていません。今後、同様の行為があったときには、今回あなたが事実関係を認め謝罪する意思を示さなかった事が、あなたの不利に斟酌される可能性があります。」との文書による告知をしておくことで一応の決着をつけておくほかないように思います。