個別株主通知はいつまでに必要か?

2009年1月に上場株券が電子化されました。電子化後のルールとして、少数株主権を行使する株主は「個別株主通知」の手続をすべきものとされています。株主であることを会社に示すためのルールで、保管振替機構(ほふり)から会社に対して「株主○○さんは1000株保有しています」というような通知をしてもらう制度です。
少数株主権を行使する株主が個別に申請しないと行われない手続なので「個別」株主通知です。これに対して、株主から個別に申請がなくとも会社に全株主の氏名が一斉に通知される場合を「総株主通知」といいます。

全ての株主権行使について個別株主通知が要求されるわけではありません。
たとえば、合併に反対する株主が会社に株式買取を請求する場合や、株主総会に先立って株主から議題を提案する場合などには個別株主通知が必要です。
これに対して、株主総会での議決権行使、配当の受取りといった場合には「個別株主通知」は必要ありません。

個別株主通知の手続としては、株主が証券会社に申請→証券会社から保管振替機構に連絡→保管振替機構から会社に通知を発送、という流れです。株主が証券会社に申請してから通知完了の証明書をもらうまでに1週間くらいかかります。
証券会社の担当者が新しい制度に不慣れなため余計に日数がかかってしまったケースもみられます。

少数株主権については権利行使期間が短期間に制限されている場合が多くあり、個別株主通知に要する日数との兼ね合いが問題になっています。
たとえば、完全子会社化のためによく用いられる全部取得条項付き株式の一斉取得について取得代金に納得がいかない場合、株主は株主総会から20日以内に裁判所への価格決定申立てを行わないといけません。専門家への相談、費用の算段といったことをふまえると20日間は決して長くありません。
さらに個別株主通知の手続(1週間前後)もこの20日間の間に完了させないといけないとすれば、実際に株主に検討期間として与えられる日数は2週間あるかどうかで非常にタイトなスケジュールになります。
これに対して、裁判所の決定が出るまでに個別株主通知が完了していればよいとすれば、株主はあわてなくてすみます。

「個別株主通知はいつまでに完了している必要があるか」という問題について、最近4件の東京高裁決定がありました。
そのうち3件はいずれもメディアエクスチェンジ(2009年7月上場廃止)の完全子会社化に関係する価格決定申立事件です。それぞれ東京高裁の別の裁判官により審理され、3件バラバラの判断となってしまいました。

(東京高裁第14民事部の見解)
20日間の権利行使期間内に個別株主通知が完了していなくともよい。裁判所が価格決定するまでに完了していれば足りる。

(東京高裁第15民事部の見解)
20日間の権利行使期間に個別株主通知も完了していなければならない。

(東京高裁第17民事部の見解)
個別株主通知がなくとも会社は誰が株主か把握できるのだから、全部取得に関する価格決定申立についてはそもそも個別株主通知は不要である。

15部の見解は株主にとって酷であり、解釈論としては14部の見解が穏当に思われます。法律雑誌をみるかぎり法務省の立法担当者も14部に近い見解だったようです。
14部のような見解に立つ場合、裁判所での手続が必要とされない少数株主権(株主提案権など)についてどの時点までに個別株主通知が完了している必要があるのかが別途論点になります。
全部取得の手続の特殊性に着目した17部の見解に関しても、他の少数株主権についてどのように考えるのかという点が次なる論点となります。

なお、4件の東京高裁決定のうち残り1件は日本ハウズイングの第三者割当増資差止め仮処分事件に関する東京高裁第8民事部の決定で、14部同様の解釈に立つものです。

それにしても、ここまで裁判所の足なみがそろわないと解釈論以前の問題として司法制度そのものに対する信頼がゆらいでしまうのではないかと懸念してしまいます。
メディアエクスチェンジ関連の3事件については最高裁への不服申立てがなされており、最高裁による統一的判断が待たれます。