企業不祥事と内部告発

いわゆる「企業不祥事」があとを絶ちません。
それらを未然に予防することが重要なのは言うまでもありませんが、それでも、多岐にわたる企業活動のなかでは、常時大小の不祥事が発生します。
そこで、かりにそのようなマイナス事象が生じても、その情報がすぐに社内で共有され、適切に処置されるような社内態勢を常時整えておくことが重要です。
社会問題化した不祥事の多くは、社内のそのような機能が不全に陥っていることが原因になっています。
つまり、いったん問題が起きても、社内の各レベル、各セクションで適切な処置が講じられたら問題はそれ以上拡大せず、社外に悪い評判が流布されることもありません。
そういう処置がなされないとき、問題は大きくなり、社内から社外にそのマイナス情報が広がり、社会的な糾弾を受けるまでに発展するのです。

社内で適切な処置が講じられない原因の一つは、「問題の秘匿」にあります。
とくに、「故意による違法行為」、つまり「悪いとわかりつつ行う行為」が問題です。
不祥事(コンプライアンス違反事案)には、「過失による違法行為」(尼崎JR事故のような)と「故意による違法行為」(脱税のような)があります。
過失による事故などはすぐに情報が共有され、対応処置が取られるのに対して、故意による違法行為はこっそり行われ、関係者に箝口令が敷かれます。

例えば、ある管理職がその職場で違法なサービス残業を強要しているとします。その管理職はノルマの圧力からそうするのですが、他の部門や上司や経営トップにそのことを当然知られたくない。そこで、その事実が上や周囲にわからないようこっそり行います。
その結果、人事・法務部門など(コンプライアンス担当部門)にその違法状態が情報として伝わってこない。伝わってこないから、そういう部門も是正のための対応ができない、という状態になります。
サービス残業を強要されている社員はどうするか、直属の上司には話が通じないので、その上の管理職に直訴することを考えます。
直訴を受けた管理職が正しく対処すればやはりそこで問題の悪化が食い止められます。例えば、部下の管理職に是正を命令したり、人事・法務部門に報告したりすることです。
しかし、ときに、上の管理職もまた自らのノルマと保身のために、「秘匿」に加担することが少なくありません。
そうなると、サービス残業をやらされ、不満が昂じているが、持って行くところがない現場社員はどうするか。労働基準監督署に駆け込む、労働組合やその上部団体に訴える、マスコミに通報する、などの行動を取ります。

このように、会社内部の人間(ときには下請け業者なども含めて)が社外の第三者に対して、会社内のマイナス情報を通報し、その違法・不当性を訴える行動を「内部告発」と言います。
雪印食品の牛肉偽装事件や東京電力の原子力発電所損傷隠ぺい事件など、社会問題化した事件の多くはこの内部告発が端緒になっています。
内部告発は、密告という言葉に通じる何となく陰湿でアンフェアなニュアンスもありますが、企業に秘匿されている不祥事を暴露し、ドラスティックに問題を解決させる契機になる、という点で積極的な意義も認められます。
まれに、会社に私的怨恨をもって、あるいは英雄気取りで(内部解決が可能であるにもかかわらず)内部告発を行う例もありますが、多くは、社内の自浄作用が機能せず、社員がせっぱ詰まって、あるいはいたたまれない正義感から内部告発に踏み切る場合です。

内部告発が行われたとき、会社は内部告発を行った社員を批判したり、その者に対して不利益な処遇をすることがあります。
しかし、それは適切ではなく、そのような行為自体また批判にさらされることにもなりかねません。
内部告発者が不当な不利益を被らないよう、平成16年6月、「公益通報者保護法」が制定され、平成18年4月施行されることになっています。

会社としてもっとも大事なのは、常に会社の職場を風通しよくし、上も下も自由にものが言える、相談しあえる、批判しあえる職場にしておくことです。
また、何よりも「秘匿」を許さない職場、社員の心構えが必要です。
かつて、カルロスゴーン氏が社員を前にしてこう言いました。「見て見ぬふりをする社員がいたら即刻解雇する」と。
これは、「秘匿」を許さない職場環境の重要性を言っているのはもちろんですが、同時に、そのことに対する経営トップの姿勢の重要性をも言明したものだと思います。
上も下もそのような職場であれば、かりにマイナス事象が発生しても、内部告発という、異常で、かつ会社にとってダメージの大きい結果を招くことはありません。

なお、「公益通報者保護法」については、当メールマガジン2004年4月15日号、または栄光双書「ビジネス法務最前線!メールマガジン総集編(2004年1月~2005年5月)」に解説記事(池野弁護士執筆)がありますので、参照して下さい。
また、内部告発と似て非なる「内部通報システム」については次回で解説します。