<ポイント>
◆企業が人材獲得において事実と異なる取引条件を提示するのは独禁法上問題
◆優越的地位にある企業による代金の支払遅延、減額要請等が独禁法上問題
◆人材獲得市場では人材側の交渉力、事業規模等が優越的地位を裏付ける
前回まで表題の「報告書」が列挙する、人材獲得市場において独占禁止法上問題となる企業単独の行為について説明してきました。今回その最後として、「役務提供者に対して実態より優れた取引条件を提示し、自らと取引するようにすること」と「発注者の収益の確保・向上を目的とする行為」について説明します。
企業が人材に対して事実とは異なる優れた取引条件を提示し、または取引条件を十分に明らかにせずに、人材が取引条件を正確に理解して企業を選ぶことができないようにさせ、取引条件がほかより優れていると誤認させ、または欺いて自社と取引するようにしたとします。
このことはその人材に不利益をもたらすだけでなく、正しく取引条件を提示する競合他社にも不利益をもたらします。
こうしてみると、企業のこのような行為は、競合他社に対する取引妨害として、競争手段の不公正さの観点から独占禁止法上の問題となります。
「発注者の収益の確保・向上を目的とする行為」について、報告書は「優越的地位にある発注者による役務提供者に対する以下の行為は、優越的地位の濫用の観点から独占禁止法上問題となり得る。」としています。
(1) 代金の支払遅延、代金の減額要請及び成果物の受領拒否
企業側の都合で、予め決めていた支払期日を遅らせたり、契約金額を減額したり、仕様変更があって追加業務が発生したにもかかわらず対価を据え置いたり、発注を取消しにもかかわらず損失を負担しなかったり、同時に複数の人材に発注し、一方の人材と取引し、他の人材の成果物の受領を拒否したりすることです。
(2) 著しく低い対価での取引要請
企業が発注単価において必要経費を考慮しなかったり、企業側の都合で取引開始後に単価を決めたり、取引価格の協議を前提とした交渉を行わなかったりしたとき、人材に不当に不利益を当たるか否かが判断されます。
(3) 成果物に係る権利等の一方的取扱い
人材が提供した成果物について著作権等の権利が発生する場合に、企業がその成果物を発注時の目的以外で再利用する場合に人材に対価を支払わなかったり、人材の肖像等を利用したグッズ等を企業が販売する際、ロイヤリティを一方的に決定したり、全く支払わなかったりすることがありえます。このとき、企業が代償措置を講じているか、その水準が人材に生じる不利益からみて妥当か、代償措置を含む形で対価に関する交渉が行われているか、権利発生に企業側の寄与があるのかなどを考慮して、人材に不当に不利益を与えるか否かが判断されます。
(4)発注者との取引とは別の取引により役務提供者が得ている収益の譲渡の義務付け
発注者(企業)が正当な理由なく、かかる義務付けをする場合、不当に不利益を人材に与える可能性があります。
以上において「優越的地位」の認定に当たっては、人材獲得市場に特有な以下の事情があることがその裏付けとなりえることを報告書は挙げています。
(1)人材が交渉上必要な情報力・交渉力を有していないこと。
(2)人材についてのネガティブな情報が企業間で広がることで支障を来すこと。
(3)事業規模が小さく、同時に取引できる企業が限られること。
(4)人材による選択の自由が制限されていること。