不法占有者が誰かわからない場合でも建物の明渡しを求めることはできるのか
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<ポイント>
◆判決の効力が及ぶのは原則として裁判の当事者等に限られる
◆債務者を特定しないまま占有移転禁止の仮処分を申し立てることが可能
◆上記申立てには「債務者を特定することを困難とする特別の事情」の証明が必要

賃貸借契約を締結して建物を賃貸していたところ、いつのまにか当初の賃借人はいなくなっており、第三者が出入りしていたなど、建物を見知らぬ者が不法に占拠している、という事態は時折発生します。
本稿では、建物所有者として、正体不明の不法占有者にどのように対応することができるのか、について解説します。

大前提として、自己の所有する建物が何らの権限もなく不法に占有されている場合でも、建物の所有者が鍵を変えたり、建物内に立ち入って荷物を勝手に運び出したりすることは、自力救済として禁止されています。
そこで、不法占有者との交渉等による任意の明渡しが見込めない場合に、適法に不法占有者を退去させ、建物の明渡しを受けるためには、建物明渡請求訴訟を提起し、判決を得て、建物明渡しの強制執行を行う必要があります。
しかし、建物明渡請求訴訟の判決の効力は、原則として訴訟当事者、つまり訴訟において被告とされた者にしか及びません。そもそも誰が不法占有しているかわからないような場合、誰を被告として訴訟を起こせばよいのかもわからない状態であると思われます。

そのような場合、建物所有者としては、債務者不特定として占有移転禁止の仮処分を申し立てることが有効です。ここで債務者とは、建物の明渡し義務を負う建物の占有者を指します。
申立てが認められると、執行官が現地へ行き、占有者を特定することになります。執行官は、必要に応じて鍵を開けて建物内に立ち入り、建物内や周辺にいる人間に質問をしたり文書の提示を求めたり、電気、ガス、水道等の事業者に対して調査をしたりする権限を有しています。占有者が特定されれば、執行官は占有の移転が禁止されている旨の公示書を建物内に貼り付けます。
このような手続をとることで、仮処分において特定された占有者に訴訟を提起して、判決を得て、明渡しの強制執行を行うことが可能になります。

債務者を特定しないまま占有移転禁止の仮処分を申し立てるためには、「債務者を特定することを困難とする特別の事情」があることが必要です。このためには、建物の所有者が、占有者を特定するために通常行うべき調査を尽くしたものの、特定できなかったことを証明しなければなりません。
現地調査では、電気・ガスメーターの稼働状況や、建物内部に人の存在する気配の有無、表札、郵便物等を確認するほか、建物に人がいればその人に質問をしたり、近隣の居住者や管理人に聞き取りをしたり、住民票を取得したりして、調査結果をまとめた書面を裁判所に提出することになります。

以上のように、不法占有者の正体が不明でも債務者不特定のまま占有移転禁止の仮処分を申し立てて執行官が占有者を特定した上で、その特定された占有者に建物明渡請求訴訟を提起し、明渡しの強制執行を行うことは可能です。建物を不法占拠されているが、不法占有者の素性が明らかでないため法的な対応を諦めていたという方がもしいらっしゃいましたら、ぜひ一度ご相談いただければと思います。