メーカーの価格指定緩和の議論

<ポイント>
◆経済産業省の懇談会が流通取引慣行ガイドラインの緩和を提言
◆公正取引委員会は「価格指定を容認する方向で見直す」考えなし
◆価格指定がブランド間競争にどのような影響を及ぼすかがポイント

日本経済新聞は今年6月19日夕刊で、経済産業省と公正取引委員会が「メーカーが小売店に販売価格を指定することを容認する検討に入った」と報じました。 経済産業省の「消費インテリジェンスに関する懇談会」が取りまとめた同日付け報告書における提言を受けたもの(というより、その提言の公表に先んじて報道したもの)とみられます。 同報告書は次のように述べます。「『流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針』(流通取引慣行ガイドライン)は、メーカーと流通との関係においてはメーカー側が市場支配力が強いので、おしなべて垂直的制限行為は違法とするという考え方に立っている。しかし、こうした考え方は改められるべきである。」 その理由は次の4点です。 (1)ガイドライン制定後20年以上経過し、流通側の交渉力向上、ウェブという流通チャンネルの登場により、メーカーと流通との関係は大きく変わった。 (2)ブランディング競争に移行するために、メーカーと流通との協力関係を構築する必要があるが、ガイドラインは不必要に制限的である。 (3)カルテル等の水平的制限行為が排除され、ブランド間競争が担保されていれば、垂直的制限行為に介入する必要性は基本的にない。 (4)欧米の規制は緩和されてきており、結果として日本だけが突出して制限的な規制となっており、アンバランスである。 そのうえで同報告書は独占禁止法上の再販売価格規制の撤廃、あるいはこれを維持した上で、「欧米並み」に修正することを提言しています。

垂直的制限とは、メーカーが小売店に対して小売価格を指定する(あるいは卸売店に対して卸売価格を指定する)という再販売価格の拘束が典型で、商品流通のいわゆる川上(かわかみ)・川下(かわしも)間の制限を指します。取引当事者間の制限ともいえます。 水平的制限とは、メーカー間、卸売業者間、小売業者間の制限です。カルテルがその典型で、競争者間の人為的な制限です。

ところが、公正取引委員会は6月26日の事務総長定例会見で、「一部の報道」を「誤り」としたうえで、欧米でも厳しく規制されているメーカーによる価格指定を容認する方向での見直しを行う考えはなく、価格指定の制限を容認するのは、公正かつ自由な競争を阻害し、消費者の利益を損ない、適当ではない旨、明言しました。

独占禁止法はメーカー(に限られませんが)が卸売店や小売店に、正当な理由なく、卸売価格や小売価格を定めてこれを維持させることを条件に商品を供給することを禁止しています。 このような「再販売価格維持行為」について、公正取引委員会は1991年(平成3年)に公表した流通取引ガイドラインで、その基本的な考え方や解釈指針を示しています。 これによれば、事業者が市場の状況に応じて自己の販売価格を自主的に決定することは「事業者の事業活動において最も基本的な事項」であり、メーカーがマーケティングの一環として流通業者の販売価格を拘束する場合には、「流通業者間の価格競争を減少・消滅させる」から、このような行為は原則として違法であるとしています。 公取委事務総長の定例会見でも同じ趣旨のことが述べられています。 そして流通取引ガイドラインは、ごく例外的に、メーカーの直接の取引先が単なる取り次ぎとして機能し、実質的にメーカーが販売していると認められるような場合にのみ、違法とはならないとしています。委託販売の場合や、メーカーと小売店が直接価格について交渉するような場合です。

前記の報道はいかにも一般的に価格指定を容認する独占禁止法の改正が検討中であるかのようでした。 ただ、経産省の懇談会の提言を読むと、確かに再販売価格拘束規制の撤廃も一例として挙げるものの、そのような規制を「欧米並み」にすることをも選択肢に挙げています。 この「欧米並み」に対する評価が、経産省の懇談会と公取委では異なっているようです。同懇談会の報告書によれば、アメリカがそれまで当然違法とされていた再販売価格維持行為について、2007年の最高裁判決で、競争制限効果と競争促進効果を比較して検証するという「合理の原則」を採用したとしています。公取委もそのような判決自体の存在は当然認めるものの、個別事案ごとに不当性を判断することになった(に過ぎない)、としています。 また、EUについても、報告書は、2010年改定のガイドラインで、例外的に効率性による促進効果が認められるものについては合法となる余地が存在する、としています。新製品の導入直後の場合や、低水準でのサービスを提供する小売店が、高水準でのサービスを提供する小売店による広告にただ乗りするのを防止する必要がある場合など、とのことです。この点についても、公取委は、原則禁止の考え方が取られている、としています。

そして公取委は「メーカーによる価格指定を容認する方向での見直しを行う考えはない」としています。

両社の考えの理論的な違いは、価格指定(=再販売価格拘束)がブランド間競争に対して、どのような影響を及ぼすか、という点にあるようです。 あるメーカーが自社の供給先に対して価格指定を行ったとすると、直接的には、そのメーカー(ブランド)の供給先を通じた販売チャンネルにおいてのみ、価格が維持されることになるので、「ブランド間競争」はなくなります。 ただ、そうだとしても、消費者側で、価格に不満をもって、他のメーカー(ブランド)の商品購入に乗り換えることができるならば、依然として、メーカー(ブランド)間では、競争がなくなったと当然に言えるわけではありません。 前記報告書でも、「ブランド競争が担保されていれば、垂直的制限に政府が直接介入する必要性は基本的にない」といっています。 加えて、メーカーによる価格指定が、価格以外の価値を提供する「ブランディング競争」への移行のためには必要である、としています。

これに対して公取委のよってたつ通説的な考え方は、再販売価格の維持が奏功しているのはブランド間競争が活発でないときに限られる、つまり、顧客がブランド間で乗り換えることがないという状態のときに限られるので、逆もまた真なり(イコールである)、つまり、再販売価格の維持が行われれば、ブランド間競争も活発でなくなる、と説明しています。

公取委は近時、昨年3月にも、アディダスジャパンに対し、再販売価格維持行為を理由に、排除措置命令を出しております。 再販売価格維持行為が商品価格を高止まりさせ、消費者が商品を安く買うチャンスを少なくさせる方向で働くのは確かであり、見通しとしては公取委が基本的な考え方を変えるということはなさそうです。「デフレ脱却」の一言で正当化できるものでもないでしょう。 ただ、「販売価格の決定は事業者の基本的事項」との理由が合理性を有するのかも含め、再販売価格維持の違法性についてより緻密でより納得のいくような議論がなされるべきだと考えます。