近年、うつ病に罹患する従業員が増えていることもあってか、パワーハラスメントに関する相談を受ける機会が増えています。
公共機関の労働相談においてもパワーハラスメントに関する相談件数は増えているようです。
しかし、パワーハラスメント、いわゆるパワハラについては、統一された法律的な定義がなく、判例上も明確な定義付けはなされていません。そのために現場が混乱しています。
たとえば、会社からの相談で、退職した従業員から「上司の仕事の教え方が悪かったのに叱責された、自分がやめたのは上司のパワハラが原因なので損害賠償を請求したい。」との申し出があるがどう対応したらよいかとアドバイスを求められることがあります。
しかし、事情を詳しく聞いてみると、上司が行ったのは仕事のやり方が間違っているので次回からやり方を改めるように注意した、というごく一般的な指導にすぎず、従業員の言い分はすべてを事前に指導してくれなかったのが悪いというものだったりします。
この事案などは、パワハラの概念を従業員にとって都合よく解釈したものであって、法的には損害賠償請求には応じるべきではないと考えます。
このような事案はやや極端なものですが、パワハラについての混乱を解消する一助になればと思い、今回は、実際にはどのようなことがあればパワハラとなり、法的に問題となりうるのかを紹介したいと思います。
一般的には、パワーハラスメントとは、会社などで役職などの優位性(パワー)を背景にし、本来の業務の範疇を超えて、人格と尊厳を傷つける言動を行い、就労者の働く環境を悪化させる行為であるといわれています。
裁判例では、(1)1か月に2回以上、上司が従業員を執拗に、しかも数回は2時間を超えて立たせたまま叱責した事案や、(2)他の従業員の前で、違法な行為をしていないかと職業倫理に関する不名誉となりうるような質問をした事案、(3)マネージャーをいつ降りてもらってもかまわないなどの誇りを傷つけるような発言をした事案、(4)使いものにならない人はうちはいらないとの発言を会議の席上で行った事案などが会社側に何らかの法的責任があるとされ、パワーハラスメントが認定された事案とされています。
まず、殴ったり、突いたり、頭をはたいたりなどの暴行行為は、軽度なものであっても形式的には犯罪に該当する行為であり、パワハラとなる場合がほとんどです。
次に、業務上の叱責、指導の上の行為であっても、「おまえはダメな人間だ。」「フケがついて気持ち悪い。体でも悪いんじゃないか。」「親のしつけがなっていない。」などの個人攻撃、人格攻撃になるものは、パワハラとなります。
叱責の内容としては不適切なものでないにしても、その叱責が、人前で、執拗に、長時間行われるなど、程度・態様の面で行きすぎがあるものについては、場合によってはパワハラとなりえます。
また、明らかに達成できないノルマの強要や、本来の職務との関連性がうすいのに炎天下で長時間草むしりをさせるとか、特に必要がないのに就業規則を書き写させるなどの行為も、業務上の指導の範疇を超えているとして、パワハラとなります。
上記のようにパワハラがあったと裁判で認定された場合には、会社及び上司は、パワハラにより被った精神的損害について慰謝料の損害賠償義務を負うだけでなく、さらにすすんでパワハラが原因で従業員がうつ病に罹患したり、パワハラによるストレスにより脳梗塞などの病気を発症したと認定される場合には、そのことについての損害賠償義務を負うことになります。
また、パワハラが原因で従業員がうつ病に罹患し自殺した場合には、自殺についても会社及び上司がその損害全部または一部を賠償せざるを得ない場合があります。
我が国においては、行政がパワハラについて明確な指針や防止策を策定していませんが、だからといって、企業側の配慮義務が軽減されるわけではないので、風通しのよい職場づくりにじゅうぶん配慮することが必要です。