ライブドアがニッポン放送のフジテレビに対する新株予約権の発行差し止めを求めた仮処分申請で、東京地裁は平成17年3月11日、その発行を禁じる仮処分命令を出しました。
ニッポン放送はこの決定を不服として、同地裁に保全異議を申し立てましたが、とりあえず、同3月24日に予定されていた新株予約権の発行は行われないことになりました。
しかし、仮処分はあくまで裁判所の暫定的な判断ですから、この新株予約権発行の是非をめぐる司法判断はまだ確定したわけではありません。このあと、保全異議訴訟、それに対する控訴、それに対する上告と進み、最高裁が最終判断を示してはじめて確定することになります。
今回の問題はあまりにも複雑な背景と経過をたどったため、法律の専門家のなかでも裁判所の判断に対する見通しが分かれました。
しかし、結果からみると、裁判所の判断は、そのような複雑な経過や背景にあまりとらわれず、原点に戻った、ごく素直で教科書どおりの判断を示したものと言えます。
その原点とは、「支配権維持を目的とする新株予約権の発行は不公正であり許されない」ということです。
「フジテレビのニッポン放送に対する支配権を維持する目的」はたしかにありました。ニッポン放送も否定しません。
ただニッポン放送は、フジテレビの傘下に留まる方がライブドアの支配を受けるよりニッポン放送の企業価値を維持できると主張したのです。
しかし、そう判断し、主張しているのは、実はニッポン放送の現在の取締役たちです(彼らは6月末の株主総会で全員退任します)。取締役より上位に位置する株主の意思がそれと異なるとすれば、株主の意思の方が優先するのは当然のことです。
株主の意思と必ずしも矛盾せず、あるいは株主の意思が邪なものである場合などで、客観的に見て明らかに「企業価値が著しく毀損される」と予測される場合はあり得ます。そのような場合は、特定の、あるいは既存株主全員に新株予約権を発行することも是認されます。
しかし、「ライブドアが支配権を取得すること」がその場合に当たるかというと、少なくとも現時点では無理というほかありません。
たしかに、ニッポン放送が今回フジテレビに対する新株予約権の発行を打ち出した動機には、ライブドアによるアンフェアで強引すぎるニッポン放送支配への行動というものがありました。
証券取引法すれすれ(実質的には違法)の時間外取引によってニッポン放送株を取得したこと、M&Aの盛んなアメリカでも行われないような、不意打ちで一方的なやり方でニッポン放送に迫ったこと、ニッポン放送という小資本会社を支配してフジテレビに影響力を及ぼそうとしたこと、外資の支配を禁じた放送法にも実質的に違反すること、リーマンブラザース証券と組んで露骨なマニーゲームを繰り広げたこと、等々。
従って、今回の仮処分事件を審査する裁判所が、このようなライブドア側の「前提の非難性」を重視したり、このようなことが自制なく行われる日本社会を憂える気持が強ければ、今回のような原点に忠実で単純な判断とは別の判断を示したかもしれません。
しかし反面、それは裁判所の立場や能力を越えていることがらとも言えます。
司法による規範創造性には限界がありますし、裁判官個々人に高度に複雑化した企業社会の現状と将来を見通す能力を期待するのは無理です。
さいわい、今回の混乱を契機、教訓として、抜け穴探しや不合理な事態を規制する制度上の方策が種々検討されるようになりました。
ひょっとしたら、今回の決定を行った裁判官もそのことに安堵感を覚え、それに期待しようとした可能性があります。
つまり、今回のライブドアの「非難性」の部分は、それを規制する新しい規範や制度によって是正されるべく、裁判所はそこまで心を用い、重い荷を背負わなくてもよいという気持になった、そのために、今回の仮処分に対しては原点に戻った教科書的決定を出した、と言えるかもしれません。
ニッポン放送の新株予約権の発行差し止め
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