<ポイント>
◆情報伝達行為や取引推奨行為が規制対象に
◆うっかり不正取引推奨に注意を
◆不正な取引推奨を防止するには情報の一元管理と警告を
昨年社会的な注目を集めた、いわゆる公募増資インサイダー事件を契機として、不正な情報伝達を抑止することが重要な課題となっていましたが、金融商品取引法が平成25年6月12日に改正、同月19日に公布され、「不正な情報伝達・取引推奨」もインサイダー取引規制の対象となりました。
この改正による「不正な情報伝達・取引推奨」とは、概ね、会社関係者等が利益を得させる目的(損失を回避させる目的も含みます)をもって重要情報の伝達・取引推奨を行うことです(公開買付についても同様の改正がされていますが本稿では取り扱いません)。
そして、「不正な情報伝達・取引推奨」により公表前の取引が行われた場合には、情報伝達者・取引推奨者に刑事罰や課徴金が課せられます。
したがって、この改正の特徴は、情報伝達者・取引推奨者に利益を得させる目的(主観要件)が必要であること、課徴金・刑事罰を課するためには、取引が行われたこと(取引要件)が必要であることです。
なお、金融庁の委嘱を受けたインサイダー取引規制に関するワーキング・グループでは、改正に先立ち、「取引を行わせる目的」という主観要件を設けることを提言していましたが、改正金融商品取引法では「利益を得させる目的」に変更されており、一応、より厳しい要件になったといえるでしょう。
これまで、情報伝達行為がインサイダー取引規制違反の対象とされなかったのは、上場会社にとってIR活動や業務提携交渉などの際の情報のやりとりは重要であり、情報伝達行為を規制対象とすればそれができなくなる懸念があったことが主たる理由と思われます。
この懸念に対応する必要があるとの考えは今回の改正でも維持されており、利益を得させる目的がある場合のみ規制対象としているのです。
会社関係者等から重要事実の伝達が行われ、取引が行われた場合に取引者はインサイダー取引規制違反になりますが、利益を得させる目的がなければ情報伝達者はインサイダー取引規制違反とはなりません。
この利益を得させる目的の有無の判断においては、取引者に対して当該情報を伝達することの必要性が重要な要素になるものと思われます。
正当な職務遂行のために情報が伝達される場合には、たとえインサイダー取引が行われたとしても、情報伝達が必要であり、取引者に利益を得させる目的はないのが通常でしょう。この場合には、情報伝達者はインサイダー取引規制違反にはなりません。
これに対し、職務遂行と無関係に情報が伝達され、取引が行われた場合、その情報伝達に特別な必要性がなければ、利益を得させる目的で情報伝達がされたと判断されやすいと思われます。
今回の改正では不正な取引推奨行為もインサイダー取引規制違反とされましたが、取引推奨を受けた者は重要事実の伝達を受けていませんので、その者のした取引はインサイダー取引規制違反とはなりません。
取引推奨者だけがインサイダー取引規制の対象となりますが、役員や上位の従業員などが自社株の取得を推奨することは珍しくなく、重要事実を知っていることを意識せずに、取引推奨をすることはありえます。
重要事実そのものを伝えるのではないので、取引推奨をすることを軽く考えることもありえるでしょう。
また、取引推奨を受けた者は、インサイダー取引にはあたるかもしれないとは考えないので、何ら心理的抵抗なく取引をしてしまうことになります。
その結果として取引者に利益が生じたような場合、利益を得させる目的があったと判断される可能性は十分にあります。
私見ですが、そもそも、取引推奨をするということは、多かれ少なかれ利益を得させる目的があるものではないかとも思います。
このように、知らず知らずのうちにインサイダー取引規制違反行為を行う可能性があるのです(うっかりインサイダー)。
不正な情報伝達を役職員にさせないようにするためには、これまでも本メールマガジンの中で繰り返し述べてきた通り、取扱いに気をつけるべき重要な情報は何か、知らせる必要性のない場合には社の内外を問わず知らせないことにつき、平易な言葉で役職員教育をすることが重要です。また、このような対策はすでに実施済みの会社も多いと思います。
一方、不正な取引推奨についてはこれまで殆ど言及されてこなかったし、何ら対策をとっていない会社も多いと思います。
不正な取引推奨を役職員にさせないようにするためには、情報を一元的に管理し、重要事実が生じた場合、生じる可能性のある場合には、情報管理部署がそれを知っている役職員に対して取引推奨をしてはならないとの警告をするのが有効ではないかと思われます。
特にうっかりインサイダーを防ぐためには、取引推奨をする者に自覚をさせる方策が必要だと思います。
不正な情報伝達・取引推奨もインサイダー取引規制違反となる改正金融商品取引法が施行されるのは平成26年6月19日までの政令で定める日となっています。
上場企業は、不正な取引推奨行為を防止するための方策を1年足らずの間に策定しなければならず、できるだけ早く準備にかかるべきでしょう。