<ポイント>
◆課徴金事例数は減少するも、平均課徴金額は増加
◆告発事例も3件あり、その中には上場会社の代表者による事例も
証券取引等監視委員会は、2008年(平成20年)から毎年公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」を2022年(令和4年)6月24日に公表しました。
この課徴金事例集によると、令和3年度(令和3年4月から令和4年3月)のインサイダー取引件数は6件(6事案。ただし7事例が掲載されています)と昨年より2件の微減と公表開始時の4件以来の少ないものでした(インサイダー取引規制の概要については拙稿「インサイダー取引をさせないための社内対応」)参照)。
ただ、年間合計約5500万円の課徴金納付命令勧告があり、1件あたりの平均額では過去2番目の多さとして紹介した昨年より多いものでした。
課徴金額が1000万円を超える事例が半分の3事例あり、一方で数十万の課徴金額の事例もあって、事件の大小に関わらず、証券取引等監視委員会の監視が行われていることがうかがえます。
今回の課徴金事例集にあらわれた事案の特徴としては、上場会社の役員による事案、初めて重要事実として「株式移転」が適用された事案、海外居住者による事案があります。
上記の最初の2つの特徴があるのは1事案で、それはA社の役員が業績予想等の修正、自己株式の取得及びA社の子会社であるB社の株式の公開買付け、B社株式の株式移転を知りながら、業績予想の修正と自己株式の取得の公表前、公開買付けの公表前、株式移転の公表前の各時点においてA社及びB社株式を買い付け、各公表後に全株を売り付けたものです。
役員が3時点において自社または子会社の株式を買い付けるのに社内チェックが効いていなかったようであり、社内における管理体制に大きな弱点があったのではないかと思われる事案です。
また、上記期間内には3件の告発事例がありました。
令和3年6月30日に告発した事案は、東証一部上場のジェイリース株式会社がA社と業務提携を決定したことを知ったジェイリースと契約関係にある会社の代表取締役からその情報提供を受けた者らが、ジェイリースの株式を買い付けたというものです。買い付けた金額が2270万円と特別に多額というわけでもありませんが、課徴金納付命令ではなく告発された事案です。
令和4年2月14日に告発した事案は、平成29年8月から10月にかけて、東証二部上場のアサヒ衛陶株式会社の当時の代表取締役社長らがヤマダ電機との業務提携の公表前に(公表は同年11月14日)、自己及び他社名義でアサヒ衛陶株式会社の株式を買い付けたという事案です。上場会社の代表取締役によるインサイダー取引としては昨年のドン・キホーテの事案がありますが、本件は取引推奨ではなく自らが利益を得る目的での株式取得ですので、より重大な問題といえます。
令和4年2月24日に告発した事案は、JASDAQ(現在は東証スタンダード)上場のテラ株式会社と業務提携交渉をしていたA社の役員から業務提携が決定したとの情報の伝達を受けた者が、自己及び代表取締役をしている会社名義等でテラの株式を買い付けた事案です(令和4年7月4日に執行猶予付き懲役1年6ヶ月の有罪判決)。なお、テラ社とA社は新型コロナウィルス感染症肺炎に対する治療法の開発に関する共同研究について業務提携をしようとしたものであり、詳細は省略しますが、A社はテラの株式を約35億円で第三者割当増資を受けることになっていましたが、その資金がないのにあるかのように装ったことからA社の役員も告発されており、いずれもコロナウィルスに関する重要事実での株価の上昇による不正な利益取得を重視したものと思われます。
以上のように、令和3年度は平均課徴金額が多額となり、また告発事案が多くその中には代表者による事案があったたことが特徴といえると思われます。