<ポイント>
◆役員や幹部社員による自社株インサイダー取引事例も
◆自社株売買の届出ルールの再確認を
◆インサイダー取引防止に最も重要なのは会社のコンプライアンスを最重視する態度
証券取引等監視委員会は「金融商品取引法における課徴金事例集」を2013年(平成25年)8月8日に公表しました。これは、2008年(平成20年)から毎年公表しているものです。 この課徴金事例集によると、平成24年度(平成24年4月から平成25年3月)にインサイダー取引があったとして19件、合計3515万円の課徴金納付命令勧告があり、平成25年度はまだ3ヶ月が経過した時点(平成24年4月から平成25年6月)の数値ですが、同じく4件、合計607万円の同勧告があったとのことです。 平成22年度、23年度は、前年より課徴金勧告件数が減少する傾向にありましたが、平成24年度には増加しています。平成25年度は前年の同時期よりは少ないようですが、事例集の対象となっていない7月から9月までで3件、合計477万円の課徴金納付命令勧告がされています。 なお、インサイダー取引規制の概要については2011年10月1日掲載の拙稿「インサイダー取引をさせないための社内対応」をご覧ください。
平成24年度には、リーマンショック後の大型公募増資案件が集中し、その情報の公表前に主幹事証券会社の営業員などから伝達を受けた信託銀行のファンドマネージャーなどが、株価が下落することを見越して増資する会社の株を売り付けていた事件が数件あり、それらが事例集に掲載されています。 この事件が大きな社会的反響を呼び、新たに情報伝達行為もインサイダー取引規制の対象となったことは2013年8月1日掲載の拙稿「インサイダー取引規制に不正な情報伝達・取引推奨が追加されました」で説明しているのでご覧ください。 ただ、そのような社会的なインパクトに関わらず、課徴金額は、ファンドが得た利益ではなく、ファンドマネージャーの運用報酬に着目して計算するため5万円から37万円と比較的少額であり、この点も批判の対象となりました。そのため、課徴金額も大幅に増額するなどの改正が行われました(課徴金額増額についての詳細は割愛します)。
今回の課徴金事例集で目を引くのは、取締役や幹部職員によるインサイダー取引です。平成24年度の課徴金勧告件数は、平成21年度までの件数に比べると減少はしているものの、前年度よりは増加しています。 たとえば、国内外の複数の有名企業との業務提携プロジェクトを担当した取締役、幹部社員が、公表前に、業務提携の決定を知りながら自社株を買い付け、その後にその有名企業の1社が提携業務の一部を停止するとの通告を自社にしたことを知って自社株を売り付けた事例がありました。この事例では、当該役員は知人の証券口座を使用しています。この会社の株価は、提携業務の一部停止通告が公表された後ストップ安になっています。 また、上場会社の子会社の役員が、当該子会社の清算の決定を知り、公表前に当該上場会社の株を売り付けた事例がありました。この事例では、当該役員の同族会社の証券口座名義が使用されています。
これらの事例は、インサイダー取引規制における重要事実の決定に関与するもしくは決定者に接近した立場にある者によるインサイダー取引ですので、その上場会社の信用失墜ははなはだしいものがあります。 このようなインサイダー取引を防止するためには、情報を共有する者に、インサイダー情報であるから自社株の取引は禁止されることを明確にかつ複数回にわたり徹底的に認識させるようにすることが必要です。 また、自社株の売買について会社への届出のルール(たとえば、一定の役職以上の者は自社株を売買する際には事前に会社の許可を得なければならないなど)を整備して、かつ、厳格に運用することも重要です。今一度、自社株取引きの届出ルールが厳格に運用されているか確認する必要があるでしょう。 ただ、このような施策をとっていても第三者の口座を利用するような場合には、会社がインサイダー取引を防止することは困難かもしれません。特に上記の知人や同族会社の口座を利用したような場合は、自社株取引きの届出ルールは役に立たないでしょう。 上記の施策はとても重要ですが、最も重要なインサイダー取引防止策は、会社がコンプライアンスを最重要視していることを徹底して役職員に認識させることです。会社が、役職員の違法行為を大目に見ながらインサイダー取引規制だけを厳格に順守させようとしてもうまくいきません。 たとえば従業員が下請法違反の疑いのある取引をしているのに、上司が是正しない、同僚も見て見ぬふりをする、そして会社もその状態を放置している場合、この会社は、利益を重視するあまり、コンプライアンスを軽視している状況にあるといえます。このような状況では、従業員たちは、コンプライアンスが重要であると認識せず、問題にならなければ、見つからなければ違法行為をしてもいいという心理状態になりやすくなります。インサイダー取引は取引者自身の利益となるのでより誘惑的であり、そのためにインサイダー取引が起こりやすくなっているといえます。 多くの会社ではコンプライアンス経営が標榜されていますが、会社のトップは、より積極的にコンプライアンスを最重要視することを表明して実行するべきであり、そのために、たとえば内部通報制度の活性化をさせることなどの施策をとるべきです。