<ポイント>
◆有償の売買と、無償の贈与・遺言とでは、遺留分や税負担の問題が異なる
◆売買、贈与は現経営者と後継者の意思の合致が必要だが、遺言は異なる
◆現経営者と後継者がよく話し合うことが大事、家族会議も望ましいのでは
後継者が経営権を掌握できなくなるのを避けるためには、現経営者自らが自分の意思で株式を後継者に承継させる必要があります。そのため贈与、遺言、あるいは売買をしておかなければなりません。
いずれの法形式を選ぶにしても、贈与税・相続税にかかるコストを考慮することは必要不可欠であり、ウエイトの大きな論点です。贈与税・相続税の猶予を可能にする事業承継税制の特例の活用の可否を検討するのも重要です。ここでは法律の基本に戻って各法形式を比較することとします。
売買は、有償の行為であり、株式譲渡代金が適正である限りにおいては、そのことによっては、遺留分減殺の問題も、贈与税の問題も起こり得ないということになります。その代わり、後継者は株式の買取資金を準備しなければなりません。
その裏返しで、贈与、遺言は無償の行為ですから、後継者が買取資金を準備する必要はないものの、他に共同相続人(そのうち遺留分権利者)がいるならば遺留分減殺の問題が起こりえますし、贈与税・相続税の問題も発生します。
別の面からみると、贈与、売買は契約です。つまり、当事者間の意思の合致によって、法的な効果が生じます。
これに対して遺言は、法律上「単独行為」と呼ばれます。つまり、相手との意思の合致を必要とせず、自身の一方的な意思表示のみによってすることができます。その代わり、法律の定めた形式に合致した遺言でないと法的な効果が認められません。
このような法律論からすれば、現経営者と後継者からみて、より安定的なのは生前贈与か売買によって、後継者に株式を承継させてしまうことだと考えられます。代表権(経営権)を渡すタイミングとの兼ね合いなど双方がよく協議して、買取資金の準備や、税負担もよく考慮したうえで、契約によって承継することができます。通常ならその効果は契約と同時に発生しますので、その時点で事業承継を法的に担保する株式承継は完了したということになります。その過程で現経営者の引退後の生活について話し合うこともできるでしょう。
一方で、遺言は遺言者(現経営者)の意向のみで作成することができ、法律上は後継者の関与を必要としません。自分自身のみの意思で判断するというポリシーには合致します。また、何度でも新しい遺言を作成することができ、最新のもののみが有効となります。最後の意思を確認するのが遺言だからです。
したがって、後継者側からみれば、現経営者の生前、現経営者の株式が死後、どうなるか分かっていなければ、不安なままということになります。このようなことを回避するため、現経営者が後継者に遺言の内容をオープンにしておくことが考えられます。ただ、その遺言も新しいものが作成されれば、後継者にはわからないということも有り得ます。
いつか遺言を作成して、きちんとしておかなければならない、と判断を先送りしているうちに、自身の判断能力が乏しくなって、遺言をするだけの法的な意思能力を失ってしまうということもないではありません。それはいずれの法形式の場合も同じですが、遺言など作成するのはまだまだと思ってしまうということはあり得ます。
もちろん、現経営者の財産は会社の株式だけではないでしょうから、遺言を作成する必要がないとまではいえません。その場合も、株式は先行して、売買か(生前)贈与によって、確定させておくということは当然できます。もちろん買取資金や税負担との兼ね合いで決めるべきことですが。
いずれの法形式による場合も、家族の理解があるのが望ましいといえます。その家族の状況にもよるので一概には言えませんが、同族会社の株式の行方に関して現経営者、後継者は二人でだけでなく、家族会議などで事業承継全体について家族にもよく説明し、理解を得ておくことが、事業承継を円滑にするうえで望ましいといえます。そのため遺留分や遺産分割への事前の手当てもなされていることも大事でしょう。オープンにしておくことで、以後の紛争を防ぎ、安定的で永続的な企業の発展にも役立つものと考えます。