「CSR」(企業の社会的責任)と「SRI」(社会的責任投資)

「CSR」とは、Corporate Social Responsibility の略、つまり「企業の社会的責任」のことです。
最近とくに新聞等で目にすることが増えた用語の一つです。
企業は収益を上げて株主の利益に資するだけではダメで、倫理観を高め、より広範囲、高次元の社会的責任を果たさなければならない、という考え方に基づく理念で、とくに1990年代以降、ヨーロッパを中心に台頭してきました。
企業は、顧客・株主・従業員・地域など、いわゆるステークホルダー(利害関係者)との関係を良好に保ってこそその存在意義があるという考えが背景にあります。
従って、企業は雇用、環境、人権などに配慮し、法律を遵守し(コンプライアンス)、かつ透明度の高い経営、つまり「良い経営」を行わなければならないのです。
例えば、雇用問題においても、雇用確保の姿勢、女性や障害者の活用、従業員の教育訓練、従業員の地域活動への参加のしやすさ、安全衛生の確保、など、働く人に配慮した経営が評価されます。
また、商品作りの面においても、有毒なまたは環境を汚染する材料等を使用しない、エネルギーの使用や排出ガスを減少させる(例えば、トヨタ「メビウス」)、使用上の安全性、などに配慮した経営が評価されます。
それらの総合的評価が企業の価値であって、単に技術や収益力だけが企業の評価基準ではありません。
そのような配慮なしに、もっぱら利益の追求のみに走ると、アメリカのエンロン社や、日本の雪印食品のように、企業の存続すら保証されないのです。
企業が社会的責任を果たすには、「よけいな費用」がかかり、収益確保の「足かせ」になる、という考え方も根強くあります。
しかし、より高い見地から見ると、CSRに配慮した経営を行う方が、かえって企業リスクを回避し、企業価値を高め、サステイナビリティ(持続可能性)につながる、という考え方も今や支配的になりつつあります。
労働環境をよくすることで、労働者の意欲向上や有能な労働者の確保につながる、「環境に優しい」商品を売り出すことにより、企業やブランドのイメージが高まる、世間の格付けがあがれば資金調達も用意になる、というような好ましい循環にはいることが期待されます。
CSRに配慮した経営が「倫理観の昂揚」と見るか、「実質的な打算」と見るかは別として、これからの企業は、多くのステークホルダーや社会と共生し(「良き地球市民」)、CSRを意識した経営を行わないかぎり、長期的な収益性確保や持続可能性の保持が不可能となる時代になっているといえます。

CSRに関しては、「国際標準化機構」(ISO)など、欧米主導で規格化の検討も進んでいます。
2003年9月にはシンガポールでCSR国際会議が開催されました。
2003年秋、日本企業ではじめてトヨタが「CSRヨーロッパ」(フォルクスワーゲンやIBMなど欧州約60社で構成するベルギーの非営利団体)に加盟し、ソニーも近く加盟する予定です。
2004年1月、東芝が国連の企業倫理規範「グローバル・コンパクト」に参加しました。
日本国内でも、経済産業省、日本経団連、経済同友会などがCSRの基準作りに取り組み始めました。
経済同友会が2004年1月に発表したところでは、会員企業中、ソニー・東芝・富士ゼロックスなど32%がCSRの専任部署を設置し、23%がCSR関連の報告書を発行しているそうです。
リコーでは、2004年1月、日本では初めての「CSR憲章」を施行しました。人間尊重など11項目の「企業のあるべき姿」を示し、それに基づく社員の行動規範を作り、役員・社員に誓約書を提出させたそうです。
もっとも、産業界では、CSRについて民間の自主的は取り組みに委ねるべきだと主張し、規格化法制化に反対する動きもあります。
いずれにしても、将来、CSRの規格をクリアした企業でないと、欧米で、また国内でも取引から締め出される可能性も出てきました。
そのようなことから、大手監査法人もCSRに関する部門を設置し、調査やコンサルの業務を開始しました。

ところで、「CSR」と密接に関連する用語に「SRI」があります。
「SRI」とは、Socially Responsible Investment の略で、「社会的責任投資」の意味です。
つまり、CSR(社会的責任)活動に積極的に取り組む企業を対象に投資することです。
個人による投資、ファンドの運用等、形態を問いません。
投資は利益、つまり株主配当を得る目的で行うもので、投資家は少しでも高い配当を求めて収益性の高い企業に投資するものです。
ところが、必ずしもそのような単純な基準、つまり目先の収益性(配当性向)のみに着目する投資とは異なる選別基準によって投資する投資態度もあるのです。
つまり、社会的責任の実践に積極的な企業にターゲットを絞って行う投資で、これを「SRI」と呼びます。
もともとは、1970年代のアメリカで反戦や人種差別の意識の高まりから、酒、タバコ、兵器関連企業などへは投資しない運動として登場しました。
1984年、エイミー・ドミノが、「倫理的投資」、つまり企業の社会貢献度によって投資対象を選ぶという考え方を提唱、90年、有力400社を選んで「ドミニ400」というSRI指数を発表しました。
この指数がほかの主な株価指数を上回ったことから、同氏の提唱が世間から評価されるようになりました。
つまり、CSRに取り組む企業の方が、長い目でみれば、事業リスクが低く、企業価値が高まり、業績が向上し、株価が上昇する、と考え、それが(全面的でないにしろ)立証されたのです。
現在のSRI投資残高は、アメリカ(年金基金など)で200兆円を超え、世界では300兆円を越えると報じられています。
最近、アメリカのダウ・ジョーンズは社会的責任を果たしている企業で構成する株式指数を開発しました。
のみならず、これらの株主は、単に投資先の選別を行うだけでなく、いわゆる「物言う株主」として、投資先企業に対し、CSRを実践することを積極的に要求するまでに進化しています。
最近のIRRC(インベスター・リスポンシビリティー・リサーチ・センター)の発表によると、今年のアメリカの主要企業の株主総会では「環境」(特に地球温暖化)と「持続可能性」に関する提案が大幅に増加するであろうと予測しています。
他方、日本でもSRIに特化した個人向けファンドが設定・運用されています。
2003年7月、住友信託銀行が年金向け社会的責任投資(SRI)ファンドを開始、同年10月、大和証券がCSRで銘柄を選定した株式投資信託を発売しました。

従来のような、目先の売上げ、利益、株主配当などの数字のみで企業を評価してきた経済社会が変わりつつあります。
CSRに触発された投資の動機が現実の利益に結びつけば、投資家も企業も社会もすべてハッピーということになります。
しかし、SRIが投資成績の悪化という結果を招くことはないのでしょうか。
例えば、武富士のような「反社会的」企業の収益が持続的に高く、そのような企業に投資することが投資家にとって明らかに「得である」場合、投資家ははたしてどのような行動を取るのでしょうか。
そのときこそ、投資家、ひいては国民の倫理性の高さが試される(明らかになる)ときと言えるでしょう。
現在の資本主義(とくにアメリカ型企業経営)はたしかに行きすぎた面があります。
人間はどこまで倫理的になれるのか、興味深くこの「CSR」と「SRI」の動向を見守っていきたいと思います。