内部通報者が「匿名」を希望する場合の取扱い
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<ポイント>
◆通報を促進するためには匿名での通報を許容するのが有益
◆匿名での通報には弊害もある
◆通報促進の観点からは匿名通報を許容することが有益だが弊害も考えて議論をすべき

この連載では「内部通報制度の活性化」がキーワードです。そのために、通報者の範囲、通報窓口、通報の手段、また後に解説する通報の内容・対象等において、できるだけ通報者が通報しやすいように、それぞれのハードルを低くする点に主眼をおいて解説してきました。
その延長上のテーマの一つが「匿名性」の問題です。通報者が匿名、つまり自らの氏名や勤務部署を明らかにしないで内部通報することを許容するか、それとも顕名、つまり通報者の氏名等を明らかにして通報を行うことをルールとするか、という問題です。
通報者としては匿名による通報を希望する傾向が強いようです。その動機や心情は理解できます。通報することによって個人的に得をすることはない、逆に何か不利益が生じるおそれがある、少なくともそのリスクは無視できない、という思いを抱きます。おそらく大部分の人はそう思うに違いありません
しかし、そのような素朴な感情を尊重し、匿名の通報も歓迎するという扱いをすることは、必ずしも内部通報制度を実効あるものにはしません。

匿名の通報には次のような問題点があります。
①通報者がルール上想定されている通報者の範囲に属する人物かどうか、まったく無関係な第三者が社員等になりすましているのではないか、という疑問を確認することができない。②事実に基づく真摯な通報であることが確認できない。③通報内容に意味不明な部分や事実記載が不十分な場合、通報者に質問する手段がない。④通報に基づく調査や是正措置、再発防止の施策等について通報者にフィードバックする手段がない、等々。
以上の点から、内部通報制度を運用している企業の中には、匿名による通報は認めないと明示しているところもあります。
内部通報制度の健全、効率的な運用という観点から、匿名より顕名の方が優れていることは明らかです。

しかし、顕名としても通報者に不利益が及ぶ心配はない、関係者から逆恨みを受けたり、上司から疎まれたり、不本意な勤務評定や配置転換等のリスクが高まることはないという安心感を通報者に与えることも必要です。
その1つのアイデアが、「社外窓口(弁護士)には顕名で、会社には匿名で」というルールです。つまり、社外窓口(弁護士)には自分の氏名や職場を明示して通報するが、弁護士が会社に対してそれを連絡したり、調査や是正措置を要請したりする場合は、通報者の氏名や職場を明らかにしない(通報者の同意を得ない限り)、というルールであり、多くの企業で現に実行されています。
逆にいえば、「社外窓口」はこの仕組みに用いることによって最も存在意義を発揮するといってもよいのです。
もし、このルールが採用される制度であれば、通報者が匿名にこだわる合理的理由はないともいえます。
それでもなお、社外窓口が会社に氏名等を明らかにしなくても、調査等の過程で「通報者探し」が行われ、やはり通報者が誰かということを詮索される危険がなくなるとはいえない、という反論があるかもしれません。しかし、それは初めから匿名の通報にしたところで同じことですから説得力ある反論とはいえません。

ただし、ルールはどうあれ、もし匿名の通報が寄せられた場合は(社内窓口、社外窓口を問わず)それが明らかに虚偽と思われる内容でないかぎり、門前払いすることは適当でありません。そんなことをすれば企業は内部の違法・不正行為を察知できる機会を自ら放棄することになりかねないからです。従って、匿名通報であっても企業は調査から是正措置に至る手順は顕名の場合と同様に進めることにはなります。

ところで、内部通報者の匿名性の尊重については、会社として、また内部通報担当部署において、最大限の努力を払うべきですが、最後まで通報者が特定されないことを保証しうるかというとそれは不可能です。
氏名等を明らかにしないで調査を進め是正措置を講じても、関係者の間では何らかの形で通報者が想像され、推定され、そして特定されるに至ることは避けられないからです。
従って、内部通報者には早い段階でこのことを説明しておく必要(義務)があります。
そして、それを説明したうえで、なお通報者が特定されないように努力を継続するべきです。
加えて、たとえ通報者が誰であるかを周辺の社員が知ることになっても、通報者が不利益を受けることがないように最大限の努力を払うべきです。
努力するだけでなく、そのことを誠意をもって通報者に伝えるべきです。
なお、これらの点については次回においてくわしく解説します。

このような努力は単に当該通報者の擁護のためだけではありません。次に続く内部通報者がやはり通報による不安、躊躇から開放されることにつながり、内部通報制度が活性化し、やがて社内で違法・不正が行われようとしても周辺がそれを防止するための「見守り環境」が定着することにつながるからです。
これが内部通報制度の究極の目的、「第四の監査機関」として、企業のコンプライアンス経営の有効な手段となっていくのです。