夜道を歩けば道端の植え込みからりりりーんと虫の声がして、あれマツムシが鳴いている~とつい口ずさむ今日この頃。ようやく秋の夜風が心地よい季節になった。
とはいえ、私の周りの夜はとても明るくて賑やかでたくさんの人がいる。
救急車に消防車、バイクにトラックが爆音をたててひっきりなしに走り抜け、飲み屋からの帰り道なのかはたまた夜勤に向かうのか話し声や楽しそうな笑い声が聞こえてくる。控えめな虫の声はそんな音にかき消されて、よーーく耳を澄まさないと聞こえてこない。
煌々と眩しいくらいのビル群の明かりは朝まで消えないから月の明りがすっかり負けてしまっている。星も全然見えない。
幼いころ、家族みんな眠ってしまっても1人だけなかなか寝つけず、夜に取り残されることがままあった。
頑張ってぎゅうっと目をつむってみるがちっとも眠くない。頑張れば頑張るだけ眠気は遠のいていく。
親の布団に潜り込んでみてもそんな夜中に相手をしてくれるはずもなく、耳元でスースーと寝息を聞かされて余計に焦りが増す。
トイレに行ってみたり開け放った窓からお月様を眺めてみたりするが、動き回るほどにいよいよ元気になってくる。飼っていた犬は一応大あくびをしながらも寝ぼけまなこで後ろをついてきてくれるが、まったく寝る様子が無いとわかると付き合いきれんとふらふらと去って行ってしまう。
夜の中に私ひとり。誰の声もしないし自動車の音もしない。今、この空間にいる人間は私たったひとり。夜を独り占めだ。
人間はいないけど、虫はいた。鳥や猫やコウモリまでもいた。夜に起きている生き物は多分みんなが思っている10倍くらいいる。雑音がないから耳を澄まさなくっても虫や鳥の声がすぐそこに聞こえたし、薄暗くてもそこここに何かの気配を感じた。
風が吹けば庭の草木がさわさわとそよぐ音も聞こえる。植木がガサガサっと揺れたのは縄張りを警戒中の野良猫ミーコかもしれない。こないだ公園で見かけた野良犬もエサを探して歩きまわっているはずだから鉢合わせしないといいけど。あの野良犬は目つきが悪かったから夜に出会うのはやめといたほうがいい。
月の周りを円を描くように飛ぶ黒い影はコウモリだ。もうちょっとかわいい顔をしていたら飼ってみたいけどグレムリンそっくりだから可愛がる自信がない。
夜は眠るものだと思っていたけれど、どっこい夜が本番の生き物はたくさんいる。暗闇の中でも生き物は絶賛活動中、夜は生きている。
廊下に寝転び月の光を浴びてそんな夜を満喫していると、ようやくなんだか眠くなってきた。
部屋に戻ると犬が布団のど真ん中で寝ていた。やっと戻ってきたんだねとちょっと横によけてくれるので、空いたスペースに寝転がる。
さっきグェッグェッって鳴いてたのって鳥だろうか。怖い鳴き声だったから絶対見た目も怖いよなー。図鑑でみた始祖鳥ってあんな声で鳴くんかな、明日もういっかい図鑑見てみよう、と思いながらいつの間にか眠りに落ちた。
当時住んでいたところは便利な町ではなかったし、とりたてて綺麗な町でもない田んぼだらけのところだったけれど、今思えばとても贅沢な時間がある町だった。人間も眠らない街の夜も好きだけど生き物総出の真っ暗な夜が懐かしいなあ、と夜道の虫の声を聞いてふと思う秋の夜です。