11月の連休の朝。雲ひとつ無く晴れ渡る絶好の行楽日和。
初夏のような陽気の中、阪急芦屋川駅北側の公園は大勢の人が集まりお祭りでも始まるかのようだ。老若男女入り混じり、その数は優に50人を超える。
アキレス腱を伸ばし準備運動する人、サンドイッチをほおばる人、トランシーバーの説明を受けるグループ。背中の大きなリュックにはペットボトルとストックが刺さっている。
そう、彼らはこれから山を目指すのだ。六甲山を。
その人だかりの中になぜか私も混じっていた。
学生時代、ことあるごとにドライブした六甲山。リュックを背負って歩く人を見かけたが、なんでわざわざ大変な思いをするのか理解できなかった。その私がまさかリュック側の人になろうとは。まあ、一生に一度くらい登山体験してみるのもいいかな。
公園の人達は仲間がそろいしだい山のほうへ次々に歩き始めている。
その流れにのって、いよいよ我々も出発である。
まずは、芦屋の大豪邸を拝見しながら坂を登る。
最初はキャッキャと騒いでいたが10分ほど坂道が続いた時点で、もうはや息が上がってきた。ジリジリと照りつける日差しを受けて汗が吹き出し、リュックもずっしりと重い。
やばいかも、と連れに言うと「まだ登山道にすらたどり着いてない、今はただの散歩だよ」と衝撃的な言葉。くらくらしてきた。ここから6時間もかかるというのに、いったい私はどうなるんでしょうか。
出発から30分ほどで登山道入り口に到着したが、ワイワイガヤガヤとすごい人だかりである。驚いたことに3歳くらいの子供までいて、大人気アトラクションの行列のようだ。道に迷わないようにと王道のコースを選んだのだが、これは確かに迷わない、迷いようがない。こんなに六甲山登山がメジャーだとは知らなかった。
登山道入り口にある高座の滝で気分を正し、まずは有名なロックガーデンへと向かう。
ゴツゴツの岩壁がそびえ立ち鎖場までもあるのだが、前にも後ろにも蟻のように列が続き大渋滞。恐怖感は皆無である。ちびっ子たちはテンション上がりまくりで子ザルのように岩をよじ登り、アスレチック場と化していた。
人混みのロックガーデンを抜けしばらく登ると視界がパッと開けた。最初のポイント風吹岩である。
登山道からここまで1時間10分。渋滞していなければ40分ほどらしい。ここからの眺望は素晴らしく、神戸大阪の街と海が一望できる。写真を数枚撮って次のポイントへと出発する。まだ序の口、先は長いのだ。
王道ルートだけあって道は整備されているのだが、なにせ石や丸太の階段の段差が大きく、太ももへの負荷がハンパない。ずっと階段一段とばしをしているようなもので、チビの私にはなかなかキツいものがあった。
それでも山の空気は澄んでいて紅葉も美しく、木々の間からのぞく海を眺め、芦屋カンツリークラブの敷地内にもおじゃましたりしながら、意外と楽しく進むことができた。
風吹岩から約1時間で、次のポイントである雨ケ峠へと辿り着いた。
ここには丸太のベンチがたくさん並んでおり休憩ポイントになっていた。食事をとる人たちもいたが、水道やトイレはないようだった。それに、ここで落ち着いてしまったら登る気力が失せてしまいそうなので、水を飲んでチョコレートを少しかじり、すぐに出発することにした。
次のポイントは一軒茶屋である。文字通りお茶屋さんで、近くにはトイレもあるので安心して休憩できそうだ。そしてそこから少し上がった先に、目指す六甲山最高峰がある!ほぼゴール地点に等しいポイントだ。
ところが、ここからが大変だった。
体力が半分ほどに減っているにもかかわらず、山道はどんどんと険しくなっていく。少しでも平坦な道があればホッと一息つけるのだろうが、もうひたすらどこまでもいつまでも上り坂。そりゃ山だもん、と言われればそれまでだが、登山初体験の者としてはかなりつらい。
小川の飛び石を越えてなんとか本庄橋跡まで到達した。一軒茶屋までもう少し。すると目の前に階段が。ずーっとはるか上まで続いている。熟練者のおじさまおばさま達がどんどん追い上げてくるのでちんたら登っていられない。必死で登り切ると、今度は曲がりくねった細い階段が!そしてその先にまた曲がりくねった階段が!!嘘でしょ、もう許してください。いったいいつまでの続くのよ。後ろの人の話が聞こえてきた。
「ここらへんは七曲りって言うくらいやからなー。今何曲り目や?まだ2曲がりくらいしかしてへんよなーワハハ~~」
思わず連れと目を合わせた。あと5曲がり?互いの目に「絶・望」の二文字が浮かび上がる。
ムダ話をする元気もなくハアハアゼーゼーと肩で息をしひたすら歩き続けた。
本当にもう泣きたくなってきたちょうどその時、ついに一軒茶屋に到着した。雨ケ峠から1時間20分。木造のお茶屋さんが光り輝いて見える。ありがたやありがたや。
あ!この店はドライブの時にいつも通り過ぎている、あの店じゃないか。
頂上付近になぜこんなお店があるのか、いったい誰が利用するというのか、どうやって商売は成り立っているのか、数十年間にわたる謎が今解明された。
さて、ここまでくればもう安心。お待たせいたしました、ようやく食事である。
茶屋には入らず空き地に陣取り、お湯を沸かしてカップヌードルと早起きして作ったおにぎりを食べた。うまい!
しかし寒い。凍えるほどに寒い。標高が高くなったからだろうか、急に日差しがなくなり冷たい風が吹きはじめ、汗だくの体が一気に冷えだした。歯がガチガチと鳴る。持ってきたフリースとダウンとマフラーをしてもまだ寒い。山恐るべし。
もっとゆっくり楽しく休憩する予定だったのだが、とにかく寒くて寒くてじっとしていられない。でも、もう上り坂は見たくない。この坂の上が六甲山最高峰なのはわかっているが、一軒茶屋到達時点で真っ白に燃え尽きた。
よーし!今日の目標は六甲山最高峰あらため、有馬温泉とする!
ここからは下り一本。これまでの苦労が嘘のように楽ちんである。
標高が低くなるにつれ、寒さもマシになってきた。黄赤オレンジと色とりどりの落ち葉の絨毯を踏みしめながら軽やかに下っていくこと1時間20分。出発から6時間。ついに有馬温泉にたどり着いた。芦屋川から有馬温泉まで歩けてしまいました。
温泉で疲れを癒やしたかったが、有馬温泉は恐ろしいくらいに観光客と登山者でごった返していた。ラッシュ時の御堂筋線淀屋橋駅ホームくらい混雑している。足湯も日帰り入浴も超満員。名物炭酸せんべいだけ買って、退散することとした。
電車に乗ると30分もかからずに新神戸駅に着いた。あっけないものである。
駅近くのお店で登山の成功を祝ってビールで乾杯!ボジョレーで乾杯!
さてどうやって帰ろうか。とりあえず三ノ宮駅に行きたい。
「ここから三ノ宮までどれくらい?」「歩いて15分」
15分?たったの?しかも平らな舗装道路で?楽勝すぎて笑ってしまう。
地獄から生還した我々に向かうところ敵無し。
終わってみれば、体は疲れているけれど気分はとても清々しい。次回に備えてストックの研究もしておかなくちゃ。すっかりリュック側の人になってしまった。
何ごともやってみなきゃわからないものである。