今や秋たけなわ。野山や庭を彩る「秋の七草」について、少しばかり蘊蓄を披露します。
まず、「秋の七草」の語源ですが、万葉集で山上憶良が詠んだ次の2首の歌から始まります。
秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数うれば 七種(ななくさ)の花
萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 女郎花 また藤袴 朝がおの花
これからわかるように、今はほとんど「七草」と書きますが、元々は「七種」だったのです。
ハギ(萩)
ハギは万葉時代最も人気のあった花で、万葉集では最多の142首が歌が詠まれています。梅とともに花見の対象にもなっていました。
彼岸の供物である和菓子「おはぎ」は「はぎ餅」が語源です。中が餅で外を小豆のあんでくるんだ菓子ですが、その表面の粒あんが萩の花のツブツブに似ていることから付けられました。
「おはぎ」とよく似ている(同じと言ってもよい)のが、春の彼岸の「ぼた餅」です。「ぼたん餅」の略です。こちらはこしあんでボタンの花びらのようにくるんであります。
最近は「ぼた餅」という名を聞くことが少なくなりました。「丹波屋」でも年中「おはぎ」だけで、「ぼた餅」の名では売っていません。
秋にその年に収穫された小豆から作られるあんが粒あんで、表面の皮が柔らかいのでそれも一緒にまぜて作ります。そして秋の「おはぎ」になります。翌春、小豆の皮が固くなっているので、ゆでたあと濾して「漉しあん」を作ります。そして「ぼた餅」になります。
ススキ(薄、尾花)
ススキは秋いたるところで見られます。昔は「尾花」と言っていました。秋が深まると花が銀白色になり尾に似ていることからその名があります。中秋の月見に月見団子とともに供えます。
ススキは茅葺きの建物の屋根を葺くときに使われます。ススキのほか、ヨシ、茅(チガヤ)、刈萱(カルカヤ)、スゲなども利用され、茅(萱)というのはそれらの総称です。
最近は茅葺きの建物が少なくなりました。そのため、ススキが利用される量が激減し、ススキの原に人の手が入ることが少なくなりました。その結果、美しいススキが原は繁殖力の強い「ネザサ」に圧倒され危機に瀕しています。同時に、その根元で密やかに咲いていたリンドウやセンブリなどの花も生息しにくくなっています。
クズ(葛)
クズカズラ(蔓草)のことで、その語源は吉野にある「国栖(くず)」という地名から。
花は紅紫色、蝶形で可愛い花ですが、蔓と葉が旺盛に成長するため、その陰に隠れてあまり目立ちません。
むしろ、昔から着目されるのは「葛根(かっこん)」と呼ばれる巨大な根の部分です。そこに含まれるでん粉を精製したのが葛粉で、くず餅など多様な葛製品の原料になります。葛製品は吉野地方の特産品や土産になっています。また、発汗、解熱作用などがあるため、風邪薬の「葛根湯」の原料にもなります。
ナデシコ(撫子)
「撫し子」が語源。撫でてみたい子どものような、の意味です。今では種類が多様で、花期も長く、かならずしも秋の花という実感はありません。
日本原産のものは「河原撫子」と言います(河原によく咲いていたのでしょう)。中国(唐)の撫子(石竹)に対して「大和撫子」(やまとなでしこ)とも言います。
清少納言は「枕草子」で、「花はナデシコ、唐のはさらによいが大和のもいとめでたし」と記し、この花の大変好んでいました。
ナデシコを女性に例える風習は万葉時代からあったようです。可憐で楚々とした風情もあるが、性質は強靱。そういうところから日本女性の象徴となったのでしょうか。
最近は日本の女子サッカーチームの名称としてあまりにも有名になりました。
オミナエシ(女郎花)
野山に自生し、黄色い小さな花を咲かせます。派手さはありませんがポピュラーな花です。
「おみな(なる)べし」が語源。「おみな」(女郎)は女性のことで、若い女、美しい女の意味でも用いられます。雰囲気が女らしい花ということでしょうか。
乾燥させて煎じると解熱、解毒作用があると言われます。葛もそうですが、「秋の七草」は花を愛でるほかに薬草や香草が多いのも特徴です。
オミナエシと同じ種類の草で、「オトコエシ」(男郎花)と呼ばれる花があります。「男なるべし」が語源ということになるのでしょうか。たしかに茎が太く少し大型で、花は黄色でなく白色です。
フジバカマ(藤袴)
中国古来の有用植物です。淡紅紫色の花が散房状にたくさん咲きます。藤に似ている花色と袴のような形からその名がついたようです。
葉は乾燥させると香気を放ちます。昔戦場に赴く武士が兜に焚き込めたと言われています。
最近フジバカマの花を見ることは少なくなりましたが、奈良にある「春日神苑(万葉植物園)」で見ることができます。ここにはその名のとおり万葉時代の植物が多種育成されています。
フジバカマと似ている花にヒヨドリバナがありますが、こちらは香気はなく、白い花です。しかし、どちらも蝶が好むようで、夏、渡り蝶として有名なアサギマダラがヒヨドリバナにたくさん群れ飛び交っているのを伊吹山のお花畑で見たことがあります。
近年フジバカマの野生種が激減しました。川岸や土手が荒れたからと思われます。環境省から準絶滅危惧種に指定されています。
キキョウ(桔梗)
憶良が「あさがお」と詠んだのはキキョウのことだというのが今の定説です。
日本原産の植物で(名前は中国由来)、なかなか端正で美しい花です。
鮮やかな青紫が多く、これがいかにもキキョウらしい色ですが、園芸品種には白や桃色の花もあり、八重咲きもあります。
実際の花期は7月からはじまり、9月頃と見頃が2回になることもあります。
キキョウも、当初は花観賞用より、根の薬用に着目され、痰の除去や咳止めの薬になりました。
残念なことに、キキョウも環境省から絶滅危惧種Ⅱ類に指定されています。
フジバカマもキキョウも危ないとなると、将来「秋の七草」が、「秋の5草」になってしまうかもしれません。
新・秋の七草
「秋の七草」はこのように万葉時代から人々に親しまれてきたものですが、昭和10年(1935年)、東京日々新聞社(毎日新聞の前身)が、新たに「新・秋の七草」を決めようと提唱しました。
そして、当時の著名人7名から適当な草花を一つずつ提案してもらいました。
どのように宣伝、活用されたのかはわかりませんが、今これを知っている人が少ないということはその後あまり普及しなかったものと思われます。
とりあえず、花の名前とそれを提案した人物名だけを紹介しておきます。
葉鶏頭(長谷川時雨)、コスモス(菊池寛)、ヒガンバナ(斎藤茂吉)、アカマンマ(高浜虚子)、
菊(牧野富太郎)、おしろい花(与謝野晶子)、秋海棠(永井荷風)