2025年04月01日

前回に家の解体と地鎮祭が終わったことは述べたが、よく言われることだが解体後の我が家が建っていた土地は思いのほか狭かった。ここですごく後悔していることは、解体前に家の中の写真を撮っておかなかったことである。日々、前の家の部屋の大きさやしつらえについての記憶が薄れていくが、子どもたちの誕生日やひな祭りに撮った写真の背景に写っているもの以外の記録はなくなってしまった。家を建て替える方は、取り壊す前にぜひ部屋の写真を記録用に撮っておくことをお勧めします。地鎮祭が終わった後は、施主の行うこと、決めることはひとまず終了して、引っ越し先である隣の義父宅に居候しながら、家が完成するのを楽しみに待つことになる。

地鎮祭の後、ほどなくして隣のわが土地では整地が始まった。前回、少し述べたが、私の家は違法建築であったようで、裏の石造りの擁壁の上にコンクリートブロックでさらに擁壁を作って土を盛っていたが、法令上、このコックリートブロックは撤去しなければならなかった。当然、コンクリートブロック沿いに盛っていた土も掘って廃棄する必要があった。その分、敷地を平坦にするためには、敷地上の土を全体的に一定の深さで剥ぎ取る必要があったのである。結構手間のかかったこの工事が行われた後にコンクリート基礎を打設する工事が行われた。コンクリート基礎は、当たり前だが、我が家の形につくられていて、この上に我々が設計した我が家が建つのだと想像してうれしくなったりした。コンクリートの基礎の上には、家の完成時には快適に過ごすことができるように吸排気のダクトやセントラルエアコンのダクトなどが縦横無尽に走るよう周到に準備されていた。

このコンクリートの基礎ができたら柱を立てて、壁をつくって家を建てていくというのが通常であろうが、セキスイハイムは異なる。この整地と基礎の設置に併行して、奈良工場では私の家が作られていた。つまり、軽量鉄骨の四角のスケルトンの四角柱の箱の外部に外壁と内壁や窓が設置され、その内部に仕切り壁やキッチンなどの設備が仮設置された建物の一部の体裁をとる箱がいくつも作られていた。面白いのは、この設置工事というか、建物の一部をなす箱の製作というか、そういう作業の日時を教えてくれて、ベルトコンベヤーで職人さんが工事・製作する様子を見ることができることである。その様子はビデオカメラを持って行って撮影してきた。

そして、いよいよ家が建つ。10月のある晴れた日、工場で造られた家の一部が順序よく運ばれて来て、クレーンで吊ってコンクリートの基礎の上に順番に置かれて固定されていく。いわばマッチ箱かレゴのブロックを縦横と上に積み上げていくのに似ている。私は朝から2時間くらいビデオに撮っていたのだが、その2時間でほぼ家の形になってきた。その後に仕事に行って帰ってきたときには完全に家の形になっていた。しかし、家の内部はまだまだ完成にほど遠く、これから大工さんなど色々な専門の職人さんがきて仕上げてくれることになる。

家は建ったものの完成にはまだ遠く、家の周りはフェンスで囲われて自由に出入りはできない。時折、作業に来る職人さんがいる時に中を見せてもらうことになるが、すこしずつ造作がつくられ、壁紙が貼られ、キッチンなどの設備があるべき場所に設置されて、設計図に近いものになっていく。CGによる仮想の内部は見せてもらってはいたが、実際には思ったより大きかったり、小さかったり、また色の鮮やかさや質感は相当に違って感じられた。また、2階の窓から見た外の景色は、以前の家の2階から見たものとは相当に違っていて、箕面の山がこんな風に見えて、夕日はこんな風に落ちていくのかととても感慨深かった。結局、すこしずつ進化していった我が家は約4か月かけて内部が出来上がった。

2月の下旬、ついに家が引き渡されて、引っ越しとなった。隣の妻の実家に置いていた荷物の半分くらいは自分たちで運び、預けていた大型家電や本などの重いものは引っ越し屋さんが運び入れて、指定場所に設置してくれた。家具はしかるべき場所に置かれたが、200個以上ある段ボール箱は残っている。まずは、段ボール箱を開けて、収納を予定する場所や家具に仮置きをしていく。東京で就職している長女も帰ってきて手伝ってくれたが、この仮置きが終わって生活できるようになるのに数日かかった。なお、この仮置きをしかるべき整理をしてきちんと整頓するのにその後数カ月を要することになる。その作業のほとんどは妻がしたのだけど、二度の引っ越しは我々の限界であり、こんなことは二度とできないと痛感した次第である。

家の引渡しが終わると、最後の工程である外構工事である。塀を塗り直したり、化粧板を取り付けたり、前面道路から玄関まで石を敷き詰めたり、木を植えたり、土の上に防草シートや人工芝を敷いたりといったことである。外構工事に約1ヶ月かかったが、やっと完成である。ただ、完成後も、目隠しに植えた木がおもいのほか頼りなくてステンドグラスを新しく注文して新しい目隠しをつくったり、コーヒーミルを設置するための家具をつくってもらったりと、小さな手直しが必要であった。今のところは、ほぼ不満なく快適に生活している。

以上が、私が体験した家を建てることの顛末である。今から2年弱前に始まったこの大プロジェクトは非常な手間と時間と体力を使いながら、何とかコンプリートまで持ってこれた。今から考えても、2年前のあのときが家を建てる決心をする最後の機会だったと思う。その意味では妻に感謝している。