東京・国立市の高層マンションが地域住民らの「景観権」ないし「景観利益」を侵害するとして、住民らがマンションの建築主などを相手取り、マンションの高さ20メートルを超える部分の撤去や慰謝料などの支払いを求めた訴訟の上告審判決が3月30日、最高裁でなされました。本件を巡る一審判決(東京地裁)は景観利益の法律上の保護を認めてマンションの一部撤去まで命じ、大いに議論を巻き起こしました。ところが、控訴審判決(東京高裁)は一転して、景観に関する法律上の保護を認めず、原告の請求を棄却しました。
そして、最高裁は次のように述べて地域住民らの景観利益を認めました。「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である。」
他方で最高裁判決は「建物の建築が第三者に対する関係において景観利益の違法な侵害になるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度、侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである。」としたうえで、「ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面においては社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる」との基準を示しています。
その基準に照らせば、本件マンションは着工時点では行政法規や条例に違反していないし、また相当の容積と高さを有する点を除けばその外観に周囲の景観の調和を乱すような点があるとは認めがたいとして、上告人らの景観利益を違法に侵害する行為に当たるということはできないと結論づけました。つまり地域住民らは景観利益を有するが、それが違法に侵害されているとは言えないとしたのです。したがって、撤去命令等の請求が認められるか否かに絞って言えば、地域住民らの請求を棄却した東京高裁の判決が確定したことになります。
とはいえ、これまでは、その内容が不明確であるとか、その利益を享受できる人がどの範囲で認められるか疑問であるなどの観点から大いに議論のあった「景観利益」ないし「景観権」について最高裁が判断を示したのは画期的です。
景観利益の定義を最高裁の判決文から抽出すると「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者が有する、良好な景観の恵沢を享受する利益」ということができます。つまり、地域内の居住者であることが前提条件です。土地の所有権とは関連づけられていないのが特徴です。
ちなみに最高裁は「景観権」という権利性を有するものまでは認められていないとしています。権利といえるか、利益にとどまるのかによってどういう違いが生じるかは難しい問題ですが、少なくとも法律上の利益であることが認められれば、これを違法に侵害した者は不法行為責任として損害賠償責任を負うことになります。
平成16年12月に施行された景観法では、市町村が都市計画で景観地区を定めることができ、同地区内では建築物の形態意匠や、高さ・敷地の制限などを定めることができます。景観法は行政上の法規であり、地域住民に直接何らかの権利を与えるものではありませんが、今回の最高裁判決で認められた景観利益についてその侵害・非侵害を判定する基準として景観法による規制を用いることができるようになると考えられます。さらに景観地区としての規制がないか、違反していなくても、「侵害行為の態様、程度、侵害の経過」次第では地域住民の景観利益侵害が認められるケースもないではないでしょう。今後、ディベロッパーにとっては少なくとも「行政上の規制に反しない限り、どんな建築物を建てようが自由」という主張のみでは通らないケースも出てくると考えられます。