昨年よりロングディスタンスのトライアスロンに参戦している。
初シーズンとなった昨年は6月の五島長崎国際トライアスロン(通称バラモンキング)、8月には洞爺湖で開催されたアイアンマンジャパンに参加した。バラモンキングの後すこしコンディションは崩してしまったが総じて「まずまず」の結果だった。
今年は9月に開催される佐渡国際トライアスロンに出ることにしている。この1年は昨年ほどのトレーニングは積んでおらず、現実と向き合う必要はあるが、できる範囲の全力で臨みたい。
トライアスロンはレースの距離でロングディスタンス、オリンピックディスタンス(ショートディスタンスともいう)に大別される。
いわゆるアイアンマンディスタンスはロングの一種でスイム3.8キロ、バイク180.2キロ、ラン42.2キロの合計約226キロで開催される。洞爺湖や五島はこのアイアンマンディスタンスである。
国内ではほかに宮古島、皆生、佐渡といった各地でロングディスタンスのレースが開催されているが、スイム、バイクの距離の設定がアイアンマンディスタンスとは異なっている。たとえば佐渡はバイクが190キロでアイアンマンよりすこし長い。
こうしたロングディスタンスとは別に、オリンピックディスタンスという短い距離のトライアスロンもある。こちらはスイム1.5キロ、バイク40キロ、ラン10キロで、オリンピック競技として採用されていることにちなんでオリンピックディスタンスといわれる。「ロング」に対するものとして「ショート」という呼び方もされる。
トライアスロンというとアイアンマンを思い浮かべるひとも多いが、いまではオリンピックディスタンスのほうがはるかに競技人口が多い。
トライアスロンにおいて「アイアンマン」という言葉には2つの意味がある。
ひとつは先ほどのアイアンマンディスタンスというレースの設定距離のことである。
もうひとつはWTCという米国企業あるいは同社から商標のライセンスを受けた者が開催する“IRONMAN”という名称の大会を指す。
“IRONMAN”がアイアンマンディスタンスで開催されることはもちろんであるが、このほかにドイツのロートを発祥の地として展開される“CHALLENGE”シリーズや、日本国内では私も参加した五島長崎(バラモンキング)がアイアンマンディスタンスで開催されている。五島長崎は2009年まではアイアンマンジャパンとして開催されていたが、2010年に口蹄疫問題を考慮してレースを中止したことなどからWTCとの契約が終了し、その後はバラモンキングという別名称で開催されている。
“IRONMAN”は世界各地で開催され、それぞれが独立したレースイベントであると同時に毎年10月にハワイのコナで開催されるワールドチャンピオンシップの選考会にもなっている。
大会ごとにWTCからワールドチャンピオンシップ参加枠(スロット)が割り当てられ、各大会のなかでは性別・年代区分ごとの上位者にスロットが分配される。このスロットを得ると晴れてワールドチャンピオンシップに参加することができる。
この“IRONMAN HAWAII WORLD CHAMPIONSHIP”があるがゆえにトライアスリートにとってコナは聖地となっている。毎年変わらない場所=聖地で開催されて歴史を積み重ね、それによりブランド化しているという点ではゴルフのマスターズやテニスのウィンブルドンにも通じるところがある。
トライアスロンの世界選手権としてはほかにITU(国際トライアスロン連合)が開催しているレースがあり、こちらの参加資格は“IRONMAN HAWAII”よりは獲得しやすい水準であるが、いずれにしても選考レースで各年代の上位に食い込む必要はある。
“IRONMAN”と異なりITUの世界選手権は毎年別の場所で開催される。今年2015年はスウェーデンのムータラで開催された。マッチこと近藤正彦がトライアスロンで世界大会に出場と報道されたのは、このムータラのITU世界選手権である。
上述のことにも関連してトライアスロンでは総合順位のほかに年代別(エイジ別)の順位が重視される。エイジという観点でトライアスリートたちを眺めたときに非常に興味ぶかい傾向がある。
ひとの身体能力は20代あたりをピークにその後は年齢とともに衰えていくようなイメージがあるが、トライアスリートの競技成績についてはどうだろうか?
少なくともロングディスタンスに関していえば「若いほど強い」とはいえない。
競技人口それ自体の厚さと上位者のレベルも高さで最大の激戦区となっているのが40代前半のカテゴリーである。このカテゴリーでコナのスロットを獲得することは大変な栄誉である。40代後半、50代になると競技者数あるいは上位者の記録水準が若干下がる傾向もみられるが、依然として高い水準を保っている。
優勝者あるいはトップ3あたりの一部上位陣についてはより若い世代が40代を上回るケースもみられるが、たとえば年代ごとの上位10名あたりまで対象を拡げると、多くの大会において40代が最も高いレベルを示す。
背景として、持久系の能力は瞬発能力にくらべて加齢による衰えが生じにくいことが指摘できるが、要因はそれだけではないだろう。
トライアスロンでは筋力、心肺能力といった身体能力だけでなく、3種目すべてについて効率的なフォームやペース配分が要求され、長時間のレースのなかでの飲食物の補給も考えなければならない。これらの技術を習得するにはある程度の年数を要する。
また、日々のトレーニングやレースへの参加に要する時間・日数を考えると、スケジュール管理、プランニングといった能力も求められる。自分の時間をある程度まで自分で差配できる立場にあること、また、機材(とくに自転車)や遠征の費用を工面できることが現実的なニーズとなってくる。学生や社会人になりたての若い世代にとっては制約があるだろう。
先ほどもふれたがロングディスタンスのトライアスロンは国内レースでも3泊4日程度の行程となり、海外レースではさらに1日、2日は余計に日数を要する。競技力以前にスケジュールの確保や旅費の負担ができないとスタートラインに立つことができない。
今もふれたようにロングディスタンスでは国内でも3泊4日程度の行程となるが、それだけ日数があっても大会期間中に時間を持て余すことはなく、最終受付けと説明会への参加、自転車の組み立てなど機材準備、コースの下見などをしていると思いのほか忙しく、あっという前にレース当日を迎えることになる。
ただ、アイアンマンは突飛な挑戦であり、それに挑むには日常の分別臭さを忘れなければならない。そのための時間として2、3日前に現地入りするくらいで丁度よいと私は考えている。
競技開始は朝6時か7時。起床はその数時間前でまだ暗い。早朝開始の長い長いレースは、アイアンマンディスタンスではトッププロで8時間台、エイジグルーパーの強豪で9時間台といった時間を要する。多くのエイジグルーパーのレース時間は十数時間におよび、日没前にゴールする者のほうがすくない。
制限時間ギリギリの最終完走者がゴールするのは夜の10時、11時である。先にゴールした者たちは夜の闇のなかでこれを待ち受けるわけだが、大会が独特の盛り上がりをみせる瞬間である。
レースが終わるのがそのような時間帯であるため、その日のうちには帰ることができない。翌日に自転車の解体・梱包を含めた身支度をして閉会式に参加し、その後ようやく家路につく。
遠足は家に帰るまでが遠足。こうした行程のすべてがトライアスロンである。トライアスリートは数日にわたって行動をともにしており、面識があってもなくても連帯感が生じてくる。大会をつくって支えてくれている大会スタッフやボランティアの皆さんへの感謝の気持ちも忘れてはいけない。
私はそうした雰囲気すべてがトライアスロンなのではないかと思う。
ゴールした瞬間よりも、帰りの飛行機から降りた瞬間や、大会期間中のIDになっている手首のストラップをハサミで切り落とす瞬間のほうが、「ひとつのイベントが終わった」ことを感じさせる。このときの気持ちにはすこしの淋しさを含んでおり、それがまた次回も(しんどいけれども)参加しようと気持ちになっていく。
これはおそらく多くのトライアスリートに通じることだろう。