<ポイント>
◆金融庁は未公表の重要事実を知ったことと無関係な取引は適用除外と明記
◆無関係な取引かどうかの判断は容易ではない
◆金融庁の具体的な判断基準の公表までは従前どおりの社内ルールが無難
本年6月27日に金融庁からインサイダー取引規制について新たなQ&Aが示され、重要事実を知ったことと無関係に行われたことが明らかであればインサイダー取引きには該当しないことを明らかにしました。
このニュースは翌日の日経新聞にも「インサイダーで指針」、「自社株 不正意図ない取引容認」との見出しで記事が載っていたのでご存知の方もおられると思います。
この背景には、上場会社の役職員がインサイダー取引規制との関係で株式の保有に慎重になりすぎていることが株式市場が活性化しない一因ではないかとの問題意識があります。そして、それを解決するために社内ルールの見直しの働き掛けが必要との認識があります(昨年12月13日に金融庁から公表された「金融・資本市場活性化有識者会合」参照ください)。
多くの上場会社では、その役職員がインサイダー取引規制に違反しないように社内ルールを定めています。その社内ルールでは、万が一にもインサイダー取引きを引き起こすことのないように、特に自社株の取引きについて厳しい対策が取られていることはめずらしくありません(この新たなQ&Aは自社株に限っているわけではありませんが、以下は自社株取引について述べます)。
たとえば四半期を含む決算発表の前の一定期間は自社株取引が制限され、役職員の地位や部署によっては一年のわずかな期間内にしか自社株取引きのできない場合もあります。
役員持株会、従業員持株会を通じて自社株を継続的に取得している役職員は多いと思います。役員持株会、従業員持株会を通じた定時、定額の自社株の取得にはインサイダー取引規制が適用されないので、役職員は毎月の投資金額(口数)を決めて、持株会が自社株を取得しているのです。
ただ、1ヵ月の投資金額(口数)の変更などにはインサイダー取引規制があります。そのため、持株会の規則でその金額(口数)の変更を制限しているところも多く、その場合、機動的に自社株を取得することはできません。
このようなことから、持株会による自社株の取得では株式市場の活性化には足りないと考えられているものと思います。
自社株についてのインサイダー取引きとは、その会社の関係者等が、重要事実の公表前に、当該重要事実を知りながら、自社株の売買等をすることであり、原則として禁止されています。
このうち「当該重要事実を知りながら」の意味として、会社関係者等が当該重要事実を知っていれば足り、そのような情報を利用したことやそのような情報に基づいたことは必要とされていないとされています。
一方、インサイダー取引規制の除外事由として、金融商品取引法166条第6項12号では、「重要事実を知る前に締結された売買契約の実行などに準ずるような特別の事情に基づく売買等であることが明らかな場合」にはインサイダー取引きとはならないとされています。
ただし、「特別の事情に基づく売買等であることが明らかな場合」については内閣府令で定める場合に限るとされていますが、現在のところこれに該当する内閣府令は定められていません。
これに対して、内閣府令が定められていなくとも、重要事実を知ったことと無関係な取引にはこの場合に該当するものとしてインサイダー取引規制から除外されるという有力な考え方はありました。この場合を適用除外とすることを制限する内閣府令がないためです。
しかし、この場合についての内閣府令が定められていないこともあって、会社としては重要事実を知ったことと無関係な取引であっても取引制限をする方が安全であると考えていたでしょうし、専門家によるアドバイスとしても同様だったと思います。
そのため、この有力な考え方に沿った対応はされていなかったといえます。
今回の金融庁の新たなQ&Aの追加は、上記の内閣府令による「特別の事情に基づく売買等であることが明らかな場合」についての定めがなくとも、インサイダー取引きの適用除外となることを明示したものといえます。
もちろん、もうけるつもりで株を買ったのではないとか、換価の必要性があったので売ったに過ぎないとかいうのでは無関係に行われたことにはなりません。
金融庁は追加したQ&Aの中で、その公表により株価の上昇要因となることが一般的に明白なときに、当該株式の売付けを重要事実の公表前に行っている場合を適用除外の一例として挙げています。
しかし、株価の上昇要因となることが一般的に明白かどうかの判断は具体的な状況では難しいことがあります。
たとえば、決算情報の上方修正は、株価の上昇要因となることという認識が一般的だと思います。しかし、特殊な状況においては、市場ではより高い上方修正を期待している場合があり、その場合には必ずしも株価の上昇要因とはいえません。
このように、決算情報の上方修正でも、売付けの場合に常にインサイダー取引規制から除外されるとは限らないのではないかという疑問があります。
そのため、金融庁の新たなQ&Aに合わせた社内ルールやその運用の変更や社内教育に関しては慎重に対応すべきであり、当面は従来と同じ方法が無難かもしれません。
金融庁としては、より詳細にインサイダー取引規制の除外となる場合を明示するべきと思われます。