<ポイント>
◆使用者責任は報償責任
◆業務との関連性の有無がポイント
◆純然たる私闘は使用者責任問われない
職場において、従業員間で暴力行為が発生した場合、暴力を振るった人間が損害賠償義務を負うのは当然のことです。
ただ、このような場合に会社に対しても損害賠償請求がなされることがあります。
この根拠は民法715条の使用者責任です。
民法715条は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。
このような定めがなされているのは、他人を使用して事業を営む者はこれによって自己の活動の範囲を拡張してそれだけ多くの利益を収めるのだから、被用者がその事業の執行について他人に損害を加えたときには、公平の観点からみて、使用者がその損害を賠償すべきだという報償責任の考え方に基づきます。
他人の活動によって利益を得る以上は、他人の与えた損害についても責任を負うのが公平という考え方です。
利益あるところにはリスクありとも言えます。
ではどのような場合に会社が責任を負うことになるのでしょうか。
ポイントは、その不法行為が「事業の執行について」なされたといえるかどうかです。
判例上、「事業の執行について」と言われる行為には、被用者の事業の執行から直接に生じたものに限られず、それと密接な関連を有する行為も含まれます。また、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為を客観的、外形的にみて、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと認められるものも含まれます。
従業員間の暴力行為のように、本来事業の目的たりえない行為が使用者責任の対象となりうるのも上記のように「事業の執行について」の考え方を広く捉えるからにほかなりません。
では、従業員間の暴力行為についての使用者責任は具体的にはどのように判断されているのでしょうか?
今回は2つの裁判例をご紹介したいと思います。
1つ目は、エール・フランス事件(東京高裁 平成8年3月27日)です。
組合と会社との会社の再建に関する労使協議の結果、会社から希望退職者を募集することになり、従業員たる組合幹部が原告に対し、希望退職届け提出を強く求めました。
ところが、原告が希望退職の求めに応じなかったのに対し、組合幹部は、顔面への殴打、大腿部への足蹴り等の暴行を行いました。
これについて原告から会社に対し使用責任に基づき損害賠償請求がなされました。
裁判所は、原告の請求を認めました。
このような判断がなされた理由としては、上記の暴力行為は、業務遂行過程における些細な事柄に端を発して、いずれも就業時間中に就業場所において行われた被用者同士の行為であり、原告の損害は会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によって加えられたものであるといえるからだ、との根拠が述べられています。
すなわち、本件の暴力行為は、会社の事業執行行為である早期退職の勧奨として、原告を退職させる目的でなされたものであり、このことを契機として、これと密接な関連を有してなされたものであるから、「事業の執行について」なされたものと判断されたのです。
2つ目は、ネッスル(専従者復帰)事件(大阪高裁 平成2年7月10日)です。
2つの労働組合が対立・抗争し、一方の組合員が事業所内において、他方の多数の組合員に取り囲まれ、暴行を受けたことについて、会社に対し使用者責任に基づく損害賠償を請求したものです。
裁判所は、暴行は全くの偶発的事件であり、会社に責任を負ういわれがない、と判断し、請求を棄却しました。
この件については、暴力行為のきっかけが組合間の対立・抗争であり、会社の事業執行との関係が希薄であったことから、たとえ暴力行為が事業所内においてなされたものであっても、使用者責任を問うべきではないとの判断に至ったものと考えられます。
この2つの判例からすれば、事業に関係のない契機・理由で行われた純然たる喧嘩・私闘については使用者責任が問われることはないと考えられます。