<ポイント>
◆消費税率引き上げに備えた特別措置法案が国会で審議
◆大規模小売業者は納入業者による消費税の転嫁を拒否できない
◆実際は「消費税還元セール」の表示をすることの禁止
来春にも予定される消費税率引き上げに備えた特別措置法案が今、国会で審議されています。
正式名称を「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法案」といいます。2017年3月限りの時限立法の法案です。
昨年8月、民主党政権下のいわゆる民自公3党合意を契機に、消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案が成立し、2014年4月に現行の5%から8%に、2015年10月にさらに10%に引き上げられることとなりました。
民主党政権のもとでも「中小企業が増税分を価格転嫁できる仕組みを作らないといけない」(2012年4月24日付け岡田克也副総理(当時)の発言)との問題意識から、検討が進められ、3党合意にも「消費税率引き上げにあたっての検討課題」の一つとして、「転嫁対策は消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保する観点から、独占禁止法や下請法の特例に関する必要な法制上の措置を講じる規定を追加」との一項目が加わっていました。
いったい、どういう問題意識でしょうか。
例えばメーカーや卸売業者など納入業者がスーパーなど小売業者に商品を納入するとします。納入業者は原材料や商品の仕入代金を支払う際、仕入代金に応じた消費税を支払い、通常なら、自らの納入先である小売業者への納入価格に応じた消費税を小売業者に請求し、支払を受けることで、自ら支払った消費税を回収できます。つまり価格に「転嫁」できたことになります。納入先への納入価格の方が原材料等の代金より高いはずですから、納入先から支払を受けた消費税と、原材料等の代金に付して支払った消費税の差額を国に納めればいいということになります。
ところが、小売業者が消費税増税後も、税込の小売価格を据え置きにする一方で、「消費者から増税分を受け取ってなかったのだから、納入業者には支払えない」とばかりに、納入業者にその負担を押し付け、増税分を支払わないとなると、納入業者は原材料等の仕入代金支払いの際に支払った消費税の増税分が「転嫁」できなかったことになります。
小売業者が大規模小売業者で、納入業者が中小企業の場合、その力の差からなかなか「転嫁」できないという現実があるようです。日本商工会議所などが2011年に実施したアンケートによれば、売上高1000万円以下の企業の約半数が消費税が上がっても、販売価格にほとんど転嫁できない」と答えたとのことです(2012年5月26日付け日本経済新聞電子版)。
このような問題意識、検討の経緯は政権交代後も引継がれ、政府・自民党が検討の末、取りまとめられ、閣議決定を経て今国会で審議されているのが今回の特別措置法案です。
特別措置法案により規制を受けるのは、一つには大規模小売業者です。納入を受ける側が大規模小売業者である以上は、納入業者の企業規模は問いません。
もうひとつは大規模小売業者でなくとも、資本金3億円以下の納入業者(個人であれば無条件)から継続して納入を受ける法人の事業者です。
規制の最大のポイントは、商品やサービスの代金を事後的に値引きしたり、買い叩いたりすることによって、結果、納入業者からの消費税の転嫁を拒むことを禁止することにあります。転嫁に応じることの見返りに、納入業者に何らかの経済的利益を提供させることも禁止されています。納入業者が大規模小売業者の違反行為を公正取引員会等に知らせたことを理由とする取引停止など報復措置自体も禁止しています。
このような事態に対しては、特別措置法案によらずとも、独占禁止法上の優越的地位の濫用規制、「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」による規制、また下請法によっても対応できないわけではありません。それぞれ適用場面が異なるなどしますが、それぞれ不当な値引きや買い叩きを禁止しており、公正取引委員会も特に下請法に基づく下請代金の減額についてはよく勧告を発するなど活発に法執行しています。プライベートブランド(PB)商品の製造委託が主な場面です。
特別措置法案の意義は、消費税増税による影響が全国的であり、かつ大きいことから、規制対象を明確にし、消費税価格の転嫁に絞って規制内容を明らかにしつつ、行政、公正取引委員会による監視、執行を可能とした点にあるといえそうです。中小企業への配慮もさることながら、最終的に消費税を負担すべき消費者へのアナウンス効果も狙っているようにも思えます。
禁止に違反があった場合、主務官庁は公正取引委員会に勧告、公表といった必要措置を取るよう求めることになります。
既に2014年春の価格交渉が一部の取引で始まっているとの報道もあり、公正取引委員会は約5万2千社の大規模小売業者、納入業者に書面の調査票を送り、調査を開始しています。専用の電話場号も設けて、相談を受け付けています。
また特別措置法案は、事業者ないし事業者団体が大規模小売業者などに対抗するため、消費税の価格転嫁の方法、表示の方法についてカルテルを締結することを例外的に容認しています。カルテルを構成する事業者の3分の2以上が中小企業であること、公正取引委員会に届け出ることが条件です。
小売業界から大いに反発を受けているのが「消費税還元セール」表示禁止の規制です。
正確には、特別措置法案は「取引の相手方に消費税を転嫁しない旨の表示」をしてはならないと定めています。「消費税還元セール」との表示は、消費税負担を消費者には転嫁しないという「表示」であり、これを禁止するものです。
イオン、ファーストリテイリング、生活協同組合などは消費税増税後も、税込みの販売価格を据え置く方針を公表しており、また「消費税還元セール」禁止は販売促進策や価格などの競争を縛りかねないと反発しています。
特別措置法案の本質的部分は、大規模小売業者などが納入業者に対し値引きや買い叩きにより、消費税の価格転嫁を拒否することを禁じた点にあります。そのようなことがない限りは、つまりは消費税相当額を自らの判断で負担する限りは、大規模小売業者などが消費者から消費税を受け取らなくっても、それは自由な競争であって、縛られるべきものではないといえそうです。
ただ、現実問題、大規模小売業者と中小の納入業者との間の力関係から、納入業者が負担を強いられることがありうるので、予防的にこのような規制を設けることに合理性がないわけでもありません。この規制が自民党のプロジェクトチームで法案が了承される段階で報道されたことからすると、中小企業対策として、むしろ政治的な意味合いの強い規制なのかもしれません。
他方で、特別措置法案も「消費税還元セール」という表示は禁止するというだけで、自由な価格設定をしてはいけないと言っているわけでもありません。
禁止される表示の例などがガイドラインとしてこの夏に策定されるようです。
この表示規制の狙いとして「消費税は最終的に消費者が負担しなければならない」という原則論を曲げるかのようなメッセージは発しないでほしい、という意図も見てとれるような気もします。