マイ・ウェイ」はほとんどの人が知っている名曲である。日本では布施明の歌唱力もそれを支えてきた。
しかし、この布施明が歌う「マイ・ウェイ」は、実は「本物」ではなく「偽物」である。
私は、日本語による「本物のマイ・ウェイ」が多くの人の口ずさむところとなることを長らく切望してきた。
「マイ・ウェイ」の元の曲はフランスのシャンソンである。作曲、クロード・フランソワ、作詞、ジル・ティボー、題名は「コム・ダビチュード」(日本語では「いつものように」)。
今でも時々は耳にする。フランス語で歌われている。日本語訳で歌われるのを聞いたことはない。
歌詞の内容は後の「マイ・ウェイ」とは全く関係がない。デリケートで危なっかしい男女の風景を描いた、いかにも「禅」好みのフランス人らしい詩である。
かなり昔の話だが、あのポール・アンカがフランスに旅行したとき、この「コム・ダビチュード」に出会った。
彼はカナダ出身の1941年生まれ(83歳)。1957年、デビュー曲「ダイアナ」で一世を風靡した。一昨年(2023年)15年ぶりに来日し、東京ドームで公演を行った。
ポール・アンカはこの「コム・ダビチュード」に深く感動し(おそらくそのメロディーに)、交渉のすえ、その曲の著作権か使用権かを得た。
そして、アメリカに帰国後、このメロディーに自ら創作した歌詞を載せた。元の「コム・ダビチュード」の翻訳ではない。歌詞の内容もまるで異なり、題名も「マイ・ウェイ」とした。1960年代のこと。
この歌詞はフランク・シナトラのために書いたと言われている。
これが、その後世界中で広く歌われるようになった英語版「マイ・ウェイ」である。
フランク・シナトラは1915年生まれ。1969年、「マイ・ウェイ」のシングル盤、アルバムを発売し、爆発的に売れた。この楽曲がカバーされた回数は、ビートルズの「イエスタデイ」に次いで史上第2位と言われていた(今も変わりがないかどうかは知らない)。
さて、これが日本に入ってきた。日本語の「訳詞」を経て、布施明が「マイ・ウェイ」として歌うことになった。作詞ポール・アンカ、作曲クロード・フランソワ、訳詞中島敦という表示のもとで。
ところが、この「訳詞」は訳詞とは言えない。ポール・アンカの書いた英語と中島敦の「訳詞」を対比すると即座にそれがわかる。これはまったく別の詩、別の歌である。
まず冒頭、前者は「And now, the end is near. And so I face the final curtain」で始まる。日本語に直訳すると、「今や終わりの時が近い。私は人生最後の幕を迎えようとしている」となる。
これに対して、後者は「今、船出が近づくこの時を」という言葉で始まる。
前者は人生の終幕の歌、後者は人生の第一幕の歌。真逆である。
後者には「私には愛する歌があるから」というフレーズがあるが、前者にはそんな言葉はどこにもない。後者には「全ては心の決めたままに」というフレーズが繰り返され、これが「my way」の訳語と言いたいのだろうが、前者は振り返った人生の感慨、後者はこれからの人生の目標」、まるで意味が違う。それ以外の部分も何をか言わん。
これで「訳詞」とはどういうことか。ポール・アンカの詩を冒涜し、日本語で歌う人に誤解を与えるもの以外の何ものでもない。英語で「マイ・ウェイ」を聞くとき、布施明の歌と同じ内容が歌われていると思ったら大間違い。
しかし、この「偽マイ・ウェイ」も別の一つの歌の歌詞にはなっている。そして多くの日本人はそういう内容の歌だとして共感し、口ずさんでいる。だから、この歌の内容や存在を否定するつもりはない。
ただ、これはポール・アンカの「マイ・ウェイ」ではない。偽物の「マイ・ウェイ」だと主張したいのである。これを訳詞とすることは不適切である。訳詞ではなく、ポール・アンカが「コム・ダビチュード」から「マイ・ウェイ」を作ったように、別の歌として世に出すべきであった。
私の言いたいことは上記のこと以外にもある。上記のことがらより強い気持ちで言いたいことがある。
それは、いつか日本語による本物の「マイ・ウェイ」を聞きたい。ポール・アンカの「マイ・ウェイ」を日本語で聞きたい、ということだ。
それは私自身がわが身を振り返るときの感情と無縁でないかもしれない。
高齢者、つまり最終ステージに到達した人々が増えている近時の日本。彼らがポール・アンカの「マイ・ウェイ」の正しい訳詞と歌唱に出会うことができれば何と素晴らしいことだろう。
自分なりの矜持、自分なりのやり方で過ごしてきた人生を振り返るとき、きっとこの歌詞に共感を覚え、同期感に胸が震えるかもしれない。
実は上記中島敦の偽訳詞のほかにも、英語に忠実な日本語訳がかつては存在し、日本のプロ歌手が歌っていたことはある。しかし、私の知るかぎりごくわずかで、「偽マイ・ウェイ」の人気の蔭で、マイナーな存在を経て消滅してしまったように思う。
さらに、私の知る限り、日本にはこの「本物のマイ・ウェイ」を除いて、人生の「最終ステージ」をリスペクトし共感を呼ぶような楽曲がなぜか存在しない。
雰囲気としては、美空ひばりの「川の流れのように」が近いが、これは人生全体を川の流れをイメージして表現するもので、最終ステージにフォーカスした心情を歌ったものではない。
布施明氏は1947生まれ(77歳)、今年(2025年)デビュー60周年。いずれ「最終ステージ」を迎えられることになる。
ポール・アンカの「マイ・ウェイ」が実感できる境地に近づいておられるのではないかと想像する。
最近の新聞に、「布施の音楽論は、歌は時代とともにあるということだ」という記事があった。今まで長く歌ってきた「マイ・ウェイ」はかつての歌。最終ステージでは、原点に戻り、ポール・アンカの「本物のマイ・ウェイ」を歌われたら如何。ぜひ聞かせてほしい。あなたのためにも、(私を含む)我々のためにも。
参考資料
“My Way”
作詞:ポール・アンカ 作曲 クロード・フランソワ
日本語訳 梅本 弘
And now, the end is near
今や終わりの時が近い。
And so I face the final curtain
私は人生最後の幕を迎えようとしている。
My friend, I’ll say it clear
友よ、はっきり言おう。
I’ll state my case, of which I’m certain
私の人生は確かなものであったと。
I’ve lived a life that’s full
充実した生涯を生きてきたと。
I traveled each and every highway
私はそれぞれの、またあらゆる道を旅してきた。
And more, much more than this, I did it my way.
そして、そのことよりも、それを「私のやり方で」やってきた。
Regrets, I’ve had a few. But then again, too few to mention.
少しは後悔もある。しかし、取り立てて言うほどのことではない。
I did what I had to do and saw it through without exemption
やるべきことをやった。やり残したことはない。
I planned each charted course, each careful step along the byway.
行くべき道を思い描き、わき道にそれるときは注意を払いながら。
And more, much more than this, I did it my way.
そして、そのことよりも、「私のやり方で」それをやってきた。
Yes, there were times, I’m sure you knew. When I bit off more than I could chew.
あなたも知っていると思うが、私は自分にできそうもないことにも手を出した。
But through it all, when there was doubt I ate it up and spit it out.
しかし、すべてを通じて、疑いがあったときはそれに食いつき、そして吐きだした。
I faced it all and I stood tall and did it my way.
すべてに立ち向かい、堂々と体を張った。そして「私のやり方で」それをやってきた。
I’ve loved, I’ve laughed and cried
私は人を愛し、笑い、そして泣いた。
I’ve had my fill, my share of losing
存分にやった。それなりに失ったものもあった。
And now, as tears subside, I find it all so amusing.
今は涙も静まり、すべてのことが楽しかったと思う。
To think I did all that. And may I say, not in a shy way,
やってきたことを思うと、私はためらわずに言うことができる。
“Oh, no, oh, no, not me, I did it my way”
そうなのだ。私は「私のやり方で」私の道を貫いた。
For what is a man, what has he got?
人は何のために生きるか。人は何を得たか?
If not himself, then he has naught
その人こそのものでなければ、彼は何も得たとは言えない。
To say the things he truly feels and not the words of one who kneels.
本当に感じたことだけを述べ、人の機嫌をとって述べることなどない。
The record shows I took the blows and did it my way!
私の人生は、意に沿わないことは吹き飛ばし、「私のやり方」で振る舞ってきた結果だ。
Yes, it was my way
そう、それが「私のやり方」なのである。
参考資料
「マイウェイ」
作詞:ポール・アンカ 作曲:クロード・フランソワ
訳詞:中島 敦
今船出が近づくこの時を
ふとたたずみ私は振り返る
遠く旅して歩いた若い日よ
全て心の決めたままに
愛と涙とほほえみにあふれ
今思えば楽しい思い出よ
君に告げよう迷わずに行くことを
君の心の決めたままに
私には 愛する歌があるから
信じたこの道を 私は行くだけ
全ては心の決めたままに
今船出が近づくこの時に
ふとたたずみ私は振り返る
遠く旅して歩いた若い日よ
全て心の決めたままに
私には 愛する歌があるから
信じたこの道を 私は行くだけ
全ては心の決めたままに
私には 愛する歌があるから
信じたこの道を 私は行くだけ
全ては心の決めたままに