判例紹介 賞与の支給日在籍要件について
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<ポイント>
◆支給日在籍要件については有効とする最高裁判例あり
◆在籍要件の適用を公序良俗違反として無効とした地裁判例
◆今後の判例の動向を注視する必要あり

今回は、賞与の支給日在籍要件についての2022年(令和4年)11月2日の松山地裁の判決を紹介します。

この事件では「賞与の支給日に在籍する従業員に対し、業績や従業員の勤務成績等を勘案して支給する」という内容のいわゆる「支給日在籍要件」の規定がある医療法人において、支給日の20日前に死亡・退職していた従業員に賞与が支給されなかったことの効力が争われたものです。

賞与の支給日在籍要件の効力を判断した判例としては、大和銀行事件判決(最高裁1982年(昭和57年)10月7日)があります。
この判決において、(1)賞与請求権は、使用者の決定や労使の合意・慣行等によって、具体的な算定基準や算定方法が定められ、算定に必要な成績査定もなされて初めて賞与請求権が発生する。(2)賞与の支給要件の内容は合理的でなければならず、差別的取扱いや合理的理由を欠く取り扱いは許されない。(3)賞与の支給日に在籍することを賞与の支給要件とすることは、合理的であり有効である。と述べられています。

この判決があることもあって、賞与について支給日在籍要件を定めている企業は多く、論理的には賞与が給与の後払い的性格を持つこととの関係でこの要件の合理性に対する疑問はあるものの、実務上はこれに従った運用がなされていることが多いように思われます。

本件では死亡・退職した従業員の母(相続人)が、この取扱いは無効であるとして賞与の支払いを求めました。
松山地裁の判断の前提となる見解及び事実認定は以下のとおりです。
(1)一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対する賃金の後払いとしての性格を有するとともに、功労報酬的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。(2)本件賞与は、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報酬的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものと解される。(3)夏季賞与額は基本給の1.5か月とする取り扱いが定着しており、業績により金額が変動したことはなく、効果対象期間中継続して勤務したことで賞与額は具体的に確定した。(4)使用者は、賞与を支給する義務を当然に負うものではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、受給資格のある者の範囲を定めることの必要性を一般に否定することはできない。(5)賞与は、将来の貢献を期待する勤労報酬的な性格も併せ持つものであると解されることから、考課対象期間により後の在籍の有無を考慮することも認められる。(6)労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで不測の損害を生じることを避けることができる。(7)これらを考慮すれば、在籍支給要件には、合理性が認められる。
ただし、本件については、病死による退職であることから、病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできないとして、このような場合に支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じうることになるとしました。また、病死による退職は懲戒解雇などとは異なり、功労報酬の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない、などとして、この法人の支給日在籍要件の適用は、「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効」である旨を定めた民法90条により排除されるべきであるとし、従業員の死亡時点において賞与請求権が発生したものと認め、相続人に対する賞与の支払いを命じました。

このような支給日在籍要件の適用が「公序良俗」に違反するとまで言えるのかについては疑問がありますが、本件において賞与を支給すべきであるという結論においては妥当性があるように思われます。
賞与は一般的には査定によって額が確定するものであり、その点からは賞与額が確定していたとされる本事案における判断の他事案への波及的効果は大きくない可能性もあります。
とはいえ、この裁判例は地裁判決ではありますが、賞与の性質に踏み込んで判断したうえで賞与の支給日在籍要件の適用を無効としたもので、今後の裁判例にどのような影響を与えるか、賞与の性質に対する考え方の明確化への期待も含め今後の裁判例への影響に関心がもたれるところです。