<ポイント>
◆労働者の同意があれば、労働条件の変更は可能
◆ただし、労働法等違反や就業規則等の定めを下回るのは不可
◆判例上、同意の認定が慎重かつ厳格に行われる点に注意
今回は、合意による労働条件の変更に関する2016年(平成28年)2月18日の最高裁判例を紹介します。
この判例の事案は、信用組合の合併に伴い、退職金規程を変更して支給基準を引き下げたものです。
合併により消滅する組合の職員であった原告らは、合併前の就業規則に定められた退職金の支給基準を変更することに同意する旨の記載のある書面に署名押印をしました。
しかし、実際に原告らが退職する際に退職金がゼロとなることがわかり、原告らが変更の内容を十分認識していなかったことを理由として同意の無効を主張し、旧退職金規程に基づく退職金の支払いを求めて提訴したものです。
甲府地裁、東京高裁は労働条件の変更について同意があったと認定し、原告らの請求を棄却しました。
これに対し、最高裁は、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきである。」としたうえで、
「自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高かったことなど判示の事情の下で、当該職員に対する情報提供や説明の内容等についての十分な認定、考慮をしていないなど、右記署名押印が当該職員の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くすことなく、右記署名押印をもって右記変更に対する当該職員の同意があるとした原審の判断には、違法がある」、として東京高裁の判決を破棄差戻しました。
労働契約法においては、労働条件は、労働者と使用者との個別の合意に基づいて変更することができると定められています。(なお、労働基準法などの強制力のある強行法規や就業規則の基準を下回る合意は無効となります。)
しかし、形式的な同意のみによって、合意があったと認定することは、労働者にとって受け入れがたい不利益をもたらすことになりかねません。
その点から、本件判例は、労働者の同意の認定基準を非常に厳格なものとしています。
本件判例によって、十分な説明をしないままに、書面による合意を得てもそれが真の合意があったとはいえない、とされるリスクが高いことが明らかとなりました。
労働条件の変更にあたり労働者の同意を得る場合には、一般的なルール変更について説明するだけでは足らず、当該労働上条件の変更が各従業員にとってどのような結果になるのかについて、具体的に示したうえで同意を得る必要があると考えられます。