<ポイント>
◆補償契約、D&O保険契約が明文化
◆契約には取締役会決議が必要で、一定事項は開示対象
役員等が職務執行に関して法令違反を疑われまたは責任追及を受けたことに対処するために支出する費用(以下「防御費用」といいます)、及び、第三者に生じた損害を賠償する場合の損失(以下単に「損失」といいます)を会社が補償すること(以下「会社補償」といいます)について、改正前会社法には直接の定めがありませんでした。そのため、従来、会社補償の実務においては、会社と役員等の関係が委任関係にあることを根拠に民法の委任に関する規定等が適用されていました。
改正法においては、会社補償を行うことができる範囲と手続きが明確化されました。
まず、防御費用については、役員等に悪意、重過失がある場合でも原則として補償の対象になります。ただし、補償額は通常要する費用の額にとどまりますし、自己もしくは第三者の不正な利益を図ったり、会社に損害を与える目的があったりした場合には、いったん補償してもらった費用を返還しなければなりません。
他方、損失については、役員等に重過失があった場合には補償の対象にはなりませんし、仮に会社が当該第三者の損害を賠償したとすれば当該役員等が会社に対して善管注意義務違反として損害賠償責任を負う場合も同様に補償の対象になりません。後者は、会社の役員に対する損害賠償請求権を予め放棄しているのと同じになり、責任免除の規定と整合しないからです。
会社が役員等に上記の会社補償を行うことを約する契約(以下「補償契約」といいます)を締結する場合には取締役会決議(取締役会非設置会社は株主総会決議)が必要とされました。なお、会社法の原則からすると、役員等に就任した後に補償契約を締結することは利益相反取引に該当することになりますが、補償契約については利益相反取引に関する規定が適用されないことになっています。
上記の防御費用や損失を賄いうる保険としてはD&O保険がありますが、改正前会社法には明文の定めはなく、株主代表訴訟による役員の損害賠償義務、争訟費用を付保(カバー)する特約部分の保険料を会社が負担することの可否が利益相反の観点から議論されていました。かつては役員負担が一般的でしたが、その後、一定の要件下で保険料はすべて会社負担とすることができるようになりました。
改正法においては、「役員等賠償責任保険契約」についての定めが新設されました。その定義は、「株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることになる損害を保険者が填補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(例外は略)」であり、D&O保険はこれに該当します。役員等賠償責任保険契約についても、その内容の決定には取締役会決議(取締役会非設置会社は株主総会決議)が必要とされ、利益相反取引に関する規定は適用されないこととなりました。
補償契約及びD&O保険契約は、いずれも役員等が職務の執行に関して負担する防御費用や損失を免れるための契約であり、その役割は重複するといえます。もっとも、両者の内容には差異が生じる場合があります。
例えば、D&O保険においては、役員等に対して損害賠償請求をする者は、補償契約のように第三者に制限されていません。よって、第三者による損害賠償請求の場合に加えて、株主代表訴訟の場合や会社による損害賠償請求の場合もD&O保険の対象となりえます。また、補償契約と異なり、D&O保険においては、重過失によって生じた損失も対象となることが多いようです。
他方、補償契約において、役員等は、保険金支払請求手続を経る必要がない分、迅速に防御費用等の支払いを受けられる可能性があります。また、D&O保険では保険金額につき上限がありますが、補償契約には上限がありません。
補償契約、D&O保険契約(役員等賠償責任保険契約)を締結した場合、公開会社は契約の内容の概要など一定の事項を事業報告において開示することが義務付けられています。