2006年06月01日

「落ちたら拾う、考えない」
これは司法修習生時代にご指導いただいた弁護士の先生の口癖である。
先生は、手に持っている何か-例えばペン-をふと床に落としたときに「落ちたら拾う、考えない。」と口に出しながら拾われていた。その意味をお聞きするとこういうことだった。つまり、ペンでも書類でも何かの拍子に落としてしまうことがある。こういうとき、「あーあー」とか、「くそー」とか、「何をやっているんだ俺は」などといって大騒ぎする人がいるが、あれはおかしい。物が落ちたら、それを拾えばいい、それで全ての問題は解決する、何で大騒ぎする必要があるのか…。
わざわざそういうセリフを口に出されながらペンを拾う先生の姿が、失礼ながら何とも言えない「おかしみ」があるのだが、私はどちらかというと「大騒ぎする」タイプの人間なので、これは「なるほど」と思った。しかも、これは仕事一般に応用のきく話である。
仕事上何らかミスがあったとしても「どうして自分はこんなに情けないんだ」といって頭を抱えるよりも、直ちに冷静に善後策を考えてしかるべく対処をすれば大抵は挽回できるし、最終的には解決してしまう。ペンを落としたときになすべき対処は、それを拾うことであって大騒ぎすることではない。

心の中にはこういう一種のムダがたくさんある。他にも思い付くことがある。
例えば上司に叱責されたとき、攻撃が相手に向かう人は「自分に恥をかかせやがって。」と思うし、真面目であるが故に攻撃が自分に向かってしまう人は「なんて自分は情けないんだ。」、「仕事に向いていない。」などなど考えて自分を傷つけるだけになってしまう。
これらは両方とも極端に言えばムダである。叱責される原因を自分の頭で構成し直して「これは自分に問題があった。改善しよう。気をつけよう。」と強く意識すればそれで済んでしまうし、そう考えるのが建設的である。他方、どうしても納得できないのであれば、相手に向かってその考えを述べて議論すべき場合もあるし、場合によってはやり過ごすという方法もある。その応用としては、今は納得できないが、さしあたってその方法を採用して以後対処しよう、その結果がでたときに、それでよかったかどうかを再度検証すればよい…、という方法もある。

もう少し広く考えると、他人から批判されたり悪口を言われたりするのは決して気の良いものではないし、腹が立つこともある。これもまた、その批判や悪口の内容を自分の頭で構成し直せば、問題は解決してしまう。批判が当たっているならば「なるほど言うとおりだ。言い方こそ腹が立つ気もするが、いいことを言ってくれた。ありがとう。」となるし、批判が当たっていないならば誤解を解くように努力しても良いし、それをする必要もないか、又は「言ってもムダ」というときは「言わせておけばいい。」ということになる。こんな単純には行かないかもしれないが、基本はこうだと考えている。

少し話は変わるが「他人が羨ましい、それに比べて自分は…。」などと思うことがあるが、これこそムダ度合いの大きいムダである。人がどうかを気にしても、自分の現状が変わるものではないし、自分が現時点で出来ることはある程度限られている。もちろん、あんな風になりたい、と考えるのはいいことだし、そのために何をすればいいかを考えるのは極めて建設的である。しかし、単に羨ましがったり、あろうことか妬んだりしては害悪の方が大きい。そんなことを考えているのは時間的にもムダである。

もちろん人間の感情はそう簡単に割り切れるものでもないし、複雑な感情の中にこそおもしろみがあるようにも思う。
ただ、心の中のムダな部分を取り除いていけば、それだけ本当にやるべき仕事や勉強したいことに意識を集中できるという効用がある。そうしていれば、新鮮な気持ちで努力することができる。

そういう意味でのムダを取り除くコツは「自分は次どうしたらいいか」を考えることにあると思う。自分はどうするか考えるというのは、言い換えれば主体性を持つということだが、ひとたび主体性をもって考えれば、人をむやみに非難している暇はないことにすぐに気が付く。横道にそれるが、人をむやみに非難していると、必ずといっていいほど-壁に投げたボールが跳ね返ってくるように-自分に跳ね返ってくるのが世の常と思う。
また「次どうする。」、「次どうする。」と自問し続ければ、問題解決の糸口は案外簡単に見付かる。後は実行の問題である。実行のときに障害になる心のムダは「失敗したらどうしよう。」、「恥ずかしい思いをするのはいやだ。」という気持ちである。このときも基本的には「次どうなる。」と問い続けることが大切だが、最後は「山より大きなイノシシは出ない。」で腹をくくってやるしかない。
ちなみに、「次どうする」と問い続けるというのは、マスコミ等にもよく登場される川本裕子早稲田大学大学院教授がいつかの日経新聞夕刊のコラムで書かれていたことの受け売りである。川本氏は「ネクスト」、「ネクスト」が口癖だと書いてあったように記憶している。また「山より大きなイノシシ…」は大阪弁護士会の大先輩の先生が好きな言葉として会報で紹介されていた言葉である。

頭の中をシンプルにするのは案外一朝一夕にはいくものでもなく、日々の仕事とか人とのやりとりのなかで洗練されていくことであるが、こういうことを心がけていると、悩みすぎてしんどくなることが避けられるし、より興味深い事柄に突き進んでいく力が沸いてくるような気がする。
「落ちたら拾う、考えない。」はその原点とも言えるのだ。