<ポイント>
◆特許法102条1項の解釈に関し以下の判示がなされた。
1「侵害行為がなければ販売することができた物」の意義(競合関係説)
2「単位数量当たりの利益の額」の意義(限界利益説)
3 製品の一部分のみが特許権を侵害する部分である場合の取り扱い(限界利益の事実上の推定と割合的覆滅)
4「実施の能力」の意義・立証責任
5「特許権者が販売することができないとする事情」の意義・立証責任
1 事案の概要
本件は、発明の名称を「美容器」とする特許権(特許第5356625号・第5847904号)を有する一審原告が、一審被告の販売する9種類の美容器の販売等をすることが上記各特許権を侵害するとして、その差止め、廃棄及び特許法102条1項により損害金5億円(一部請求)の支払いを求めた事案です。知財高裁は結論として、特許権侵害を認め、一審原告の請求を認容し、ただ損害賠償請求については4億4006万円の限度で請求を認める判決をしました。
本大合議事件判決では、特許法102条1項に関する判示に重要性があります。
2 特許法102条1項とは
特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定です。まず、特許法102条1項本文では、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者等の実施の能力の限度で損害額としています。また、同項ただし書において、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとしています。基本的な計算式は以下のとおりとなります。
損害額 = (「侵害者の譲渡数量」 - 「販売することができないとする事情に相当する数量」) × 特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額」(特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度)
3 判決要旨について
(1)判決要旨1
「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りるとされました(知財高裁平成27年11月19日判決(オフセット輪転機版胴事件))。これに対しては、権利者の販売する製品も特許発明の実施品でなければならないとする見解もあったところです。
(2)判決要旨2
「単位数量当たりの利益の額」とは、特許権者の製品の売上高から、特許権者において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるとしました。権利者の利益の額としては、(a)粗利益、(b)限界利益、(c)直接費用の控除、(d)純利益などの考え方がありえますが、本事例においても多くの裁判例で採用されている限界利益説を採用しました。
(3)判決要旨3
特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合の考慮の仕方が判示されています。判決では、こうした場合には、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるとしつつも、特徴部分の特許権者の製品における位置付け、特許権者の製品が特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力などの事情を総合考慮し、事実上の推定が約6割覆滅され、これを限界利益から控除すべきであるとしました。従前、製品の一部分のみが特許権を侵害する部分である場合にこれをどのように考慮するかは異なる見解がありました。(a)「特許権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」として考慮する見解(本文説)、(b)「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情」として考慮する見解(ただし書説)、民法709条所定の因果関係として考慮する見解(民法709条説)です。本判決は、本文説を採用しています。
(4)判決要旨4
「実施の能力」は、潜在的な能力で足り、生産委託等の方法により、侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合は実施の能力があるというべきであり、その主張立証責任は特許権者側にあるとされました。
(5)判決要旨5
「特許権者が販売することができないとする事情」とは、侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいうとされ、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当し、上記の事情及び同事情に相当する数量の主張立証責任は、侵害者側にあるとされています。
4 参考文献
・実務詳説 特許関係訴訟(第3版)
・裁判実務シリーズ2 特許訴訟の実務(第2版)など