2009年07月01日

「東洋宮武が覗いた時代」という映画が4月に封切られた。残念なことに、今のところ東京と名古屋だけで、関西はこれからである。
この映画は、太平洋戦争中にアメリカでおこった在米日本人(日系一世)、日系アメリカ人(日系二世、三世)の強制収容を取材したドキュメンタリーである。ロサンゼルス在住の写真家であった宮武東洋さんが密かにレンズを持ち込んで多数の写真を残した話にスポットを当てている。

宮武東洋(宮武が姓で東洋が名)さんは香川県善通寺市のご出身で14歳のときにアメリカに移民された日系一世である。私の父の親しい知人のお兄さんであり、1979年(84歳)までご存命だった(亡くなられるときにはアメリカ人となっていたからトーヨー・ミヤタケと書くべきかもしれない)ので、もしかすれば東洋さんが里帰りした際に私も父と一緒にお会いしたことがあるかもしれない。東洋さんの息子さんのアーチ・ミヤタケさんとは、その息子さん家族を含めて親しくお付き合いをさせていただいている。

日系人については、有名人としてフジモリ元ペルー大統領などの名前を挙げられる人は多いと思うが、その歴史についてはそれほど知られていないのではないだろうか。数々の出版物があるが、日系アメリカ人に関しては山崎豊子著の「二つの祖国」が有名であり、これはNHKの大河ドラマ「山河燃ゆ」の原作である。
日本人の本格的な海外移民は1885年頃から始まり、アメリカへの移民は1890年頃からである。私が住んでいたカナダのバンクーバー市の近くにスティーブストンという港町にもこのころから日本からの移民があったようである。魚の缶詰工場で働くためである。
アメリカに移民した日本人は主としてカリフォルニア州などの西海岸で農業や漁業に従事していたが、そのうち庭師(ガーデナー)などのサービス産業にも従事するようになった。勤勉で工夫に富む日系移民の経済的地位は次第に向上して、中流階級に仲間入りし、不動産を保有する者もでてくるようになってきた。ただ、アメリカ国民ではない日系一世は不動産の所有が許されず、アメリカ国籍を有する日系二世の名義で不動産を所有することもあった。ちなみに、アメリカは自国内で生まれた者はその父母の国籍に関わらずアメリカ国民である。なお、日本では父母のどちらかが日本人でなければ日本国民とはならない。

アメリカで家族とともにそれなりに安定していた生活を送っていた日系人に起こった悲劇は太平洋戦争の勃発である。それまでも排日運動などがあって差別されていたが、真珠湾攻撃をきっかけとして敵国民として敵視されるようになった。
そして、日系人は大統領令9066号により強制収容所に移住させられることになる。日本人である一世だけでなく、アメリカ人である二世、三世も含めてである。強制収容所はアメリカ全土に約10箇所あったが、東洋さん一家が移住させられた収容所はカリフォルニア州内の砂漠の中のマンザナという場所にあった。強制移住の名目は不測の事態からの日系人の保護であったが、収容所には鉄条網が張り巡らされ、監視台の機銃は内部を向いており、日系人の隔離と監視であったことは明らかであった。

このような史実を小説にしたのが先に紹介した山崎豊子さんの「二つの祖国」である。収容所に持ち込める所有物は1人あたり行李2つ、カメラの持ち込みは禁止されていたが、東洋さんは密かにレンズとフィルムを持ち込み、収容所の中で手製のカメラを作って内部を撮影した。そのうちに戦局の好転(アメリカにとって)によって、内部の規則は緩和されて、収容所長のはからいでフィルムなどが手に入るようになった。
このときに東洋さんが撮った写真を参考にNHK大河ドラマ「山河燃ゆ」が制作された。
東洋さんの撮った写真は、どちらかと言えば楽天的な印象である。鉄条網に囲まれ、見張り台に備えた機銃で監視された生活の中で、餅つきやパーマをかける婦人の写真はありふれた日常生活そのものであり、エネルギッシュですらある。
一方で、多数の二世の若者がアメリカに忠誠心を示すために志願して軍隊に入り、膨大な戦死傷者と引き換えにヨーロッパ戦線で抜群の軍功をあげる、という現実もあり、また収容所にいる間に、築き上げた財産がどうなるかわからないと言う不安(現実に戦争後に財産が戻ってこなかった人も多かったようである)もあり、楽しいことが多かったはずはないと思う。
しかし、それでも、私的な感想であるが、東洋さんの写真には恨みであるとか、悲観であるとかいうものはあまり感じられない。日本人としての誇りであろうか、アメリカに対する希望を失っていなかったといことであろうか。

ロサンゼルスのリトルトーキョーにはJapan Memorial Museumという博物館がある。日系人の歴史を展示している博物館である。こじんまりしているが、見るものには事欠かない。そこでは東洋さんの写真も見られるはずである。
なお、「東洋宮武が覗いた時代」は2009年8月7日から11日まで神戸映像資料館で上映されるということである。