<ポイント>
◆秘密保持義務、競業避止義務が独禁法上、問題となる場合がある。
◆自由競争減殺の観点からは直ちには問題とならない。
◆競争手段の不公正さ、優越的地位の濫用からの観点から問題となる場合もある。
公正取引委員会の「人材と競争政策に関する報告書」の内容のうち、今回は役務提供者(人材)に課される秘密保持義務、競業避止義務に対する独占禁止法の適用を説明します。
企業が雇用や請負などの契約をした人材に対し、その知り得た技術や顧客情報などの営業秘密等を漏えいしないとの秘密保持義務を課すことがあります。
企業が人材にその義務を課したうえで契約し、ノウハウ等を提供すれば、人材のスキルアップも促進され、人材獲得市場における競争促進的な効果があります。企業の営業秘密等を守ることはその事業を活発化しますので、商品・サービス市場においても競争促進的な効果があります。したがって、その営業秘密漏えい防止の目的達成のために必要な範囲内で秘密保持義務を課すことは、直ちに独禁法上問題となるものではありません。
その義務の実効性を担保するために、当該人材が他の企業と取引(契約)するのを制限することがありえますが、その制限も合理的に必要な範囲内であれば、直ちに問題とはなりません。
しかし、その結果、他の企業が商品・サービス市場において必要な人材を確保できなくなったり、コストが引き上げられたりして、商品・サービスの供給や参入が困難となるなどのおそれを生じさせる場合には、「自由競争減殺の観点」から独禁法上の問題となり得ます。
また、企業と人材との契約が終わった後(労働者が退職した場合も当然に含みます)、その企業と競業する業務を行わない、あるいは競合他社に就職しないとの競業避止義務を課すことがあります。
これも秘密保持義務と同様の目的のために合理的に必要な範囲内であれば、直ちに独禁法違反となりません。
しかし、競業避止義務を課された人材が新たに商品・サービスを供給し始めることができなくなったり、企業が必要な人材を確保できなくなったり、コストが引き上げられたりして、競合他社による供給や参入が困難になるなどの効果を生じさせることがあります。そのとき競業避止義務が課される人材の範囲や、人材が確保できない競合他社の範囲が広いほど、その義務の内容や期間が過大であるほど、独禁法上の問題となりやすい、ということになります。
また秘密保持義務や競業避止義務の内容に関して、企業が人材に対して実際と異なる説明をしたり、予め十分に明らかにしていなかったりした場合は、「競争手段の不公正さ」の観点からも、独禁法上の問題となり得ます。これらの義務は企業と人材との取引(契約)を制限しており、人材獲得市場における企業間の競争に影響するからです。
そして優越的地位にある企業が人材に課す秘密保持義務、競業避止義務が不当に不利益を与えるものである場合も、独禁法上の問題となり得ます。
不当に不利益を与えるものか否かは、義務の内容や期間が目的に照らして過大か、人材に与える不利益の程度、代償措置の有無・水準、十分な協議が行われたか、他の人材と比べて差別的であるか、通常の場合とのかい離の状況等を考慮して判断されます。