<ポイント>
◆契約相手や対象事業の情報が乏しいなかでのM&Aをめぐる紛争
◆競業禁止、違約金などの契約条項を盛り込む必要があった事案
インターネット上のM&A仲介サイトを利用した事業譲渡をめぐる裁判例が判例雑誌に掲載されています。他の企業にとっても参考になる事案ですので紹介します。
(なお、裁判例は知財高裁平成29年6月15日判決で判例時報2355号62頁以下に掲載されています)
仲介サイトでのマッチングをきっかけにして女性向け古着を販売する通販サイト事業の事業譲渡契約に至ったという事案です。事業の売手は、事業譲渡の決済に前後する時期から同種の通販サイトを新たに開設して顧客を新サイトに誘導し、事業譲渡の決済後も同種事業を継続していました。
こうした競業行為により利益を損なわれたとして(逸失利益)、事業の買手が競業行為の差止めと損害賠償を求めて訴訟を起こしました。
地裁判決では、事業譲渡した会社が不正競争目的で競業することを禁止する会社法21条3項を根拠に差止請求は認められましたが、損害の立証ができていないとして賠償請求は認められませんでした。知財高裁では、買手側が損害に関する主張内容を改めたことにより、差止請求のほかに損害賠償請求も認められました。
事業の買手は裁判では最終的に勝訴したといえるものの、M&Aそのものとしては対応不充分であったというべきしょう。
この事案の特徴として、まず、仲介サイトでのマッチングを契機として契約に至ったという点があります。当事者間にもともと面識がなく、間をとりもつ紹介者などもいなかったということになります。
このような場合、事業の買手としては、買収対象となる事業や契約相手である売手についてより慎重に調査を行う必要があります。また、契約条項においても相応の手当が必要です。
この事案で買手は会社法を根拠として訴訟提起していますが、そうした法律構成の背景には、事業譲渡契約において売手側の競業禁止を定めていなかったことがあります。
買手側としては契約交渉の段階において競業禁止条項を盛り込むことを要求すべきでしたが、この点の手当が不充分だったようです。
事業を手放すはずの売手が競業禁止に抵抗を示すとすれば、「それは何故なのか?同種事業を続ける意図なのではないか?」という疑問につながります。
きちんと交渉していれば、売手側の不正競争の意図を察知できたでしょう。
会社法21条3項による請求は要件が厳しく、単に売手が同種事業を行っているというだけでは違反を問えません。
予防法務の観点からは、しっかりとした契約条項を整えておくべきです。
また、地裁段階では損害賠償請求が認められなかったように、裁判において逸失利益を立証することは難しく、仮にその立証を行おうとすれば、自社の利益率や取引先といった営業上の情報を相手方(同種事業を行うライバル)に開示することになります。
契約相手に違反があった場合に賠償請求をしやすくするための方策としては、たとえば、具体的な違約金を定めた条項を契約に盛り込むことがありえます。
違反時の手当を明確にしておくことで、そもそも契約違反が起こりにくくなるという牽制効果を見込むこともできます。