【ある判例】
東京地裁において、ある会社の営業課長が債権回収を怠った結果、会社に約800万円の損害を与えたことにより、会社がその営業課長を懲戒解雇した事案について、判決がでました。
今回は、この判例を題材に、懲戒解雇の限界を考えてみたいと思います。
【事案の概要】
事案の概要は以下のとおりです。
営業課長(以下Aとします。)が会社に退職届を出したところ、会社はAの届け出た退職日の前に、Aを懲戒解雇したのです。
その理由は、Aが顧客18社に対する2134万1500円にものぼる請負代金請求を怠り、その結果、会社は813万9675円の債権が回収不能となったが、このようなAの勤務態度は、就業規則に定める懲戒解雇事由の「再三注意したにも拘わらず業務に対する熱意誠意がなく怠慢な者」に該当するというものです。
Aの退職の意思表示はなされているので、懲戒解雇とすることにより、退職金を渡さない、とすることを目的とする処分であると思われます。
Aは会社に対し、退職金の支払を求めるとともに、会社の違法な懲戒解雇処分により精神的損害を被ったとして慰謝料300万円を請求しました。
これに対し、会社はAに対し、回収不能となったことによって被った損害の賠償を求めました。
【結論】
東京地裁は、懲戒解雇処分を無効とし、会社に対しAに対する、退職金約1300万円の支払を命じるとともに、慰謝料200万円の支払を命じました。
同時に、Aに対しては、回収不能分のうち約4分の1の200万円を支払うよう命じました。
【分析】
判決は、債権が回収できなかったことについてAに一定の法的責任を認めています。
しかし、Aの懲戒解雇は認められないとしているのです。
なぜこのような結論になるのでしょうか?
判決はその理由として、
(1) 請求書未提出が発生したのは、Aに対する過重な労働環境にも一因があること
(2) 債権回収不能額はそのすべてがAの請求書未提出と相当因果関係があるわけではないこと
(3) Aは約30年間勤務し、その間一度も懲戒処分を受けたことがなく、1年間で約1億円の受注高をあげていること
(4) Aが退職した場合の本件退職金額は回収不能額を約500万円上回る額であること
(5) 会社においては、数年前にも本件と同様の事件が起きているのに、再発防止に適切な体制をとっているとは言い難いこと
(6) 債権回収不能が発生したのはAだけの責任ではなく、Aの上司の責任でもあるのに、これらの上司は何らの処分もなく、かえって昇進していること
などからして「懲戒解雇事由にはあたらない」としました。
本件は、Aの業務上のミスにより損害が発生しているのですが、そのことを理由に懲戒解雇できるのか、というのが問題です。
そもそも、懲戒解雇は、就業規則等により懲戒解雇事由を定めなければできない処分ですが、規則で定めればそれでよい、というものではなく、具体的な処分の対象となる行為が、懲戒解雇が相当であるとされるほどの悪質性が存在しなければならないのです。
本件では、Aのミスはあっても、それはA1人が責任を負わされるべきではなく、Aの管理監督を怠った会社の責任を重視して、懲戒解雇はできないという判断になったようです。
また、債権回収というのは、常に一定のリスクがあるものであり、回収できなかったからといってその責任を従業員に負わせるというのは、慎重にしなければならない、とも判断されたと思います。
これに反して、他の判例においては、従業員の着服行為については、その額が3800円とか10万円の額であっても、懲戒解雇が認められています。
業務上のミスと、故意による犯罪行為の責任を峻別しているのが、判例の流れであり、会社側としては、業務上のミスに対する懲戒処分については、慎重に行うことが求められていると言えます。