【兼松賃金格差訴訟について】
本年11月5日に、東京地裁は、兼松の女性社員らが提起した訴訟について、請求棄却の判決を出しました。
この訴訟は、1995年に、大手商社兼松のベテラン女性社員ら6名が、コース別人事によって男女差別を受けたとして、差額賃金など計3億1000万円の支払いを会社に対して求めた訴訟です。
裁判所は、「兼松の男女のコース別の処遇が、公序に反するとまではいえない」などとして、原告の請求を棄却したものです。
【野村證券訴訟との比較】
男女のコース別人事をめぐっては、昨年の2月東京地裁が「差別的な取り扱いを禁じた1999年の改正男女雇用機会均等法施行後もコース別人事で違法な男女差別を維持した」として野村證券に慰謝料を支払うように命じており(ただし、現在控訴中)、この判決は野村證券判決と結論が別れた点でも注目すべきものです。
では、どのような点が、このような差異を産んだのでしょうか。
兼松訴訟では、会社が導入している職掌別賃金制度(コース別人事制度)が性別による賃金差別などをもたらしたとして、今回の訴訟が提起されています。
原告らは、「85年のコース別人事導入時に一律に男性は一般職(他業界の総合職に相当)、女性は事務職とされた」、と主張しています。
そして、コース別人事は、女性であることを理由とした賃金差別を禁じる労働基準法4条に違反し、民法の公序良俗に反する違法行為である、と主張しました。
この点について、裁判所は、コース別人事制度について「男女雇用機会均等法に対処し、男女のコース別処遇を維持するためのもの」と認定しており、コース別人事のそもそもの目的としては女性たちの主張に沿った認定をしています。
しかし、1985年当時の雇用機会均等法では、募集・採用・配置・昇進における男女差別規制は企業の努力義務にすぎなかったため、裁判所は、このコース別人事制度採用自体については、「公序良俗に反するとまではいえない」という結論をとりました。
ただし、99年に均等法は改正され、募集・採用・配置・昇進における男女差別は禁止規定となっています。
この点をとらえて、野村證券訴訟では、99年以降のコース別人事は違法とされ、慰謝料の支払いが命じられました。
それでは、なぜ、兼松訴訟においては、99年以降も違法とはされなかったのでしょうか。
それは、兼松が、改正均等法施行までにコース別の制度を改め運用を弾力化していたためです。
具体的には、コース転換制度が改正され、事務職から一般職への転換要件が年々簡素化され、昨年4月までに16人が事務職から一般職へ転換していたのです。
85年当時は、「能力・実績優秀な者」「本部長の推薦が必要」などの要件が必要でしたが、97年の新制度では不要になりました。
野村證券訴訟では、転換制度の硬直性が指摘され、改正法施行後も、「女性に特別の条件を課すもの」と判断されたのに対し、兼松訴訟では、「もっぱら本人の希望と一定の資格要件を満たせば、(転換試験を)受けられるもので、内容も合理的と判断されたのです。
【今後の判例の動向について】
兼松訴訟も控訴がなされる模様であり、野村證券訴訟についても、高等裁判所で係争中であることから、両事件がどうなるかは予断を許さないところです。
私見としては、コース別人事制度の目的が、改正雇用機会均等法の免罪符的に設置されたものであったとしても、男女の区別なく労働者の意欲・能力等の客観的基準に基づいてコース転換が可能となる制度であれば、それがルールに基づいて運用されている限り、男女差別とはいいにくいように思います。
いずれにせよ、少子化傾向が強まるなか、企業としては、法的に差別にならなければいい、というのではなく、より積極的に、企業利益の観点から、能力ある女性を登用するためにどのような施策が可能かを検討する必要があるのではないでしょうか。