<ポイント>
◆契約が裁判規範として拘束力をもつためには、内容が具体的であることが必要
◆抽象的な契約条項についてはサイドレターなどによる具体化を図る
当事者間で合意した以上、「契約は遵守されなければならない」ということは当然のことではあります。
しかしながら、契約をめぐる訴訟のなかで裁判官が「契約条項に法的拘束力がない」と判断を示すケースがあり、その場合は契約違反による法的責任を相手に問うことができません。契約の成立自体は認められるのに法的拘束力がないとされることに当事者としては違和感をおぼえるかもしれません。
このような場合、裁判官がいう「法的拘束力の有無」というのは裁判の判断基準(裁判規範)となりうるかどうかの問題であり、まるきり無意味な契約であるとか、当事者はこれを無視してしまえばよいということまでは意味していません。
裁判官が契約条項の法的拘束力を否定した裁判例として東京地裁25年2月15日判決(判例タイムズ1412号228頁以下)があります。
この事案では、対象会社の株式を上場させるための支援などに言及する株主間契約について被告側株主に義務違反があったとして、原告側(対象会社とその経営株主)は株主間契約の解除を主張しました。解除により被告側株式を買い戻そうというのが請求内容です。
この事案で裁判官は、上場支援に関する契約条項は抽象的で義務内容が不特定であるとし、周辺の事実からみると契約締結時にそもそも当事者は必ずしも株式上場を意図していなかったと指摘して、それらの契約条項には法的拘束力がないと判断しました(原告敗訴)。
個別事情に基づく判断であり株主間契約一般について論じるものではありませんが、契約条項に法的拘束力ありとするためには義務内容が具体的に特定されていなければならないという指摘は留意しておく必要があります。
冒頭に述べたことに戻りますが、裁判官がいう「法的拘束力がない」というのは、必ずしも契約として無意味であることまでは意味しません。
具体的でなければいざというときの判断基準となりえないとすれば、その点を認識したうえで対応するべきであり、抽象的にしか表現できない契約条項であれば、それを契約締結後に具体化していくことが必要です。
契約締結後の検討を通じて当初より具体化した内容で当事者間の意思が一致したのであれば、その点に関してサイドレターを交わす、議事録を残すといったことが典型的な対応です。
なお、上記の東京地裁の事件で原告側は契約条項が抽象的であることを自覚してか、契約締結後の協議を通じて義務内容が具体化されており、これにより法的拘束力が生じているという主張もしています。
裁判官は、契約の法的拘束力の有無は締結時を基準に判断すべきであると指摘して原告の主張を認めませんでした。
紛争発生後に示談する場合とは異なり、前向きにこれから取り組みを開始していこうという局面で交わされる契約においては、契約締結時に義務内容を特定しきれないケースは多くみられます。契約の法的拘束力は締結時に判断されるという部分をピンポイントに取りあげると裁判官の判断は厳しすぎるようにも思えます。
裁判例をいかに捉えるかという問題ですが、この裁判官の判断は、契約の意図が株式上場にあるわけではないという当該事案の特殊性によるものであって、締結後の業務を通じて契約内容が具体化していくことを一律に否定するものとまではいえないでしょう。