<ポイント>
◆株式譲渡、合併では労働関係をそのまま引きつぐ
◆会社分割では分割計画・分割契約次第だが、労働承継法に要注意
◆事業譲渡では個別に従業員の同意を得て新会社が採用する
経営の合理化のためにグループ企業同士を統合したり、あるいは特定の事業部門を切りだして他社と統合させる、といったケースが近年非常に多くみられます。
これらはM&Aの一種といえますが、会社法や独占禁止法の観点だけでなく労働法の観点も重要です。
統合後の新会社で人材を確保できなければM&Aは結局は失敗です。M&Aにあってはクロージング後の取り組みこそが大事だとよく言われますが、その意味でも労働問題が重要になってきます。
M&Aの手法ごとに労働関係の取扱いを概観してみます。
まず、株式譲渡によって経営権が移る場合、企業の法人格自体には影響はなく、雇用契約、就業規則といった労働関係はそのままM&A後の新体制に引きつがれます。
また、合併の場合も、旧会社の法律関係は一括して新会社に移転しますので、労働関係も新会社にそのまま引きつがれます。
M&Aに伴って労働条件の変更や人員削減も予定しているケースが多いですが、株式譲渡や合併の場合は従来の労働関係がそのままM&A後の新体制に引きつがれるというのが出発点です。当然に解雇や労働条件の切り下げができるわけではありません。
人員削減を行うためには、労働法のルールに従ったうえで退職勧奨や整理解雇を検討することになります。
また、合併により複数の企業が統合したという場合、従来の就業規則や労働協約も新会社に引きつがれるため、そのままでは従業員の出身企業ごとに労働条件がバラバラになってしまいます。これを避けるために就業規則や労働協約の変更手続きをとることになりますが、何らかの意味で従業員側にとって不利益な変更となることが多いでしょう。企業側としては、いわゆる「不利益変更」のルールに従って対処する必要があります。
会社分割の場合は、分割契約・分割計画に従って特定の事業に関する権利義務を切りだして新会社に移す手続きであり、法律関係が一括して新会社に移る合併とは異なります。
労働関係が新会社に引きつがれるかどうかは、第一義的には分割契約・分割計画で定めることになりますが、従業員にとって重大な問題であるため、いわゆる労働承継法が労働者保護の観点から手続的規制を定めています。
この法律により、会社分割の対象事業に従事する従業員については、分割契約・分割計画で新会社への移籍がうたわれていなくとも、従業員本人が異議を申し出ることで新会社に移籍できることになります。
反対に、対象事業ではない他の事業に従事する従業員については、分割契約・分割計画で新会社への移籍がうたわれていても、従業員が異議を申し出ればもとの会社にとどまることができます。
従業員がこうした異議申出のための検討を行うことができるよう、労働承継法は会社から従業員側への情報提供についても取り決めています。
労働承継法の手続きをまもらないと会社分割が無効とされることもありますので、企業側にとっても注意を要します。
労働承継法が争点として最高裁まで争われた裁判例として日本IBM事件があります(最高裁・平成22年7月12日判決)。
会社分割の場合も、労働関係が新会社に引きつがれる場合には「内容はそのまま」というのが基本ルールです。不採算部門を切りだすために会社分割を行う場合、賃下げなどの労働条件の変更も想定されますが、会社側は労働法に従って変更の手続きをとる必要があります。
会社分割の対象事業に従事する従業員数がさほど多くない場合には、労働条件の変更について個々に従業員から同意をとりつけて手続きをすすめていくケースもみられます。
最後に、事業譲渡の場合は、法律関係の当事者が個々に合意した範囲でのみ新会社への移転が生じます。「個別の同意による」というところが他の手続きと大きく異なります。
労働関係についていえば、新旧両会社のほか従業員本人も同意しなければ、新会社への移籍は生じません。
事業譲渡は、簿外債務などを除外して「必要なところだけ譲り受ける」という点では便宜ともいえますが、従業員が個々に移籍に了解してくれないと新会社は事業を行うことができません。
事業譲渡契約のなかでは、従業員の移籍が実現するように旧会社側に一定の義務が課されることになります。
事業譲渡に伴って従業員が移籍する場合、旧会社を退職して退職金の精算もいったん済ませたうえで新会社が改めて採用するという方式をとることが多いです。新会社での労働条件についても新たに取り決めることになります。
以上、M&Aの手法ごとに大まかに説明させていただきました。
個々の手続きの詳細についても機をみてご紹介したいと思いますが、気になる点などあればお気軽にお問い合わせください。