日経新聞によると、大証ヘラクレス市場に上場している賃貸仲介の株式会社アパマンショップホールディングス(ASH社)が子会社の株式会社アパマンショップマンスリー(ASM社)を完全子会社化した際の株式買取価格(1株5万円、合計1億5000万円)が高すぎたとして、ASH社の株主が経営陣を訴えた株主代表訴訟の控訴審において、2008年10月29日、東京高裁は同経営陣に対しASH社への約1億3000万円の賠償を命ずる判決をしたということです。
株主代表訴訟とは、会社の役員(取締役や監査役)などが法令違反など役員としての義務に違反した場合に、役員どうしが馴れ合って責任追及がされないことを防ぐために、株主が会社に代わって役員に対して訴訟をする権利を認めたものです。会社法では「株式会社における責任追及等の訴え」として847条以下に手続きが規定されています。
この事件で問題とされたのは、取締役がASH社に買い取らせたASM社の株価の算定が正しかったのかどうかということです。
事件の概要は以下のとおりです。
ASH社はASM社を完全な子会社にするため、2006年6月29日までに自社以外のASM社株主から1株5万円で取得することとし、さらに、取得に応じない株主については、同日のASH社とASM社の株式交換契約によってASM社の株式1株とASH社約0.2株を交換することにしました。
このASM社株1株を5万円で取得すること、ASM社株1株に対してASH社株0.2株(つまり、ASM社株5株に対してASH社株1株)を与えることにより、ASH社はASM社が発行した株すべてを取得しようとしたのです。なお、ASH社はASM社の発行済み株式の3分の2以上を保有していたので、自社以外のASM社の株主が反対しても株式交換決議ができる状況でした。
専門家の株価算定によると、ASM社株1株は1万円程度のものでした。当時のASH社1株の株価に交換比率である約0.2を掛けるとASM社株1株は約8500円だったため、専門家の株価算定はこれにほぼ合致しています。
にもかかわらず、ASH社の経営陣はASM社株買取りにあたり、同株1株を5万円と決定しました。
一審たる東京地裁、控訴審たる東京高裁は共に、ASH社がASM社を完全な子会社にすることが必要であるとした経営陣の判断については、将来についての予測という不確実なものを含むため、判断の前提となった事実の調査と検討について特に不注意な点がなく、意思決定の過程と内容がその業界における通常の経営者の経営判断として特に不合理でなかった場合には、裁量の範囲内として、取締役の注意義務に反しないとしました。
これは「経営判断の法理」とか「ビジネス・ジャッジメント・ルール」とか呼ばれるものであり、従来から広く受け入れられている考え方です。
このような共通の前提に立ちつつも、ASM社株1株の買取価格の決定については、東京地裁が経営陣に注意義務違反はなかったとする一方で、東京高裁は注意義務違反があったとしました。結論が正反対となったわけです。判断の分かれ目はどこにあったのでしょうか。
専門家の株価算定や当時のASH社の株価を考えれば、評価額1万円程度の株を5万円で買うというのは法外に高額であるようにみえますが、実際は必ずしもそうはいえない事情があったようです。
ASH社グループはフランチャイズ形態で不動産賃貸を主とした事業を行っていますが、ASM社の株主には有力なフランチャイズ加盟店が多くいました。ASM社が株式を発行したときの発行価額は1株5万円です。ASM社の株主となった有力フランチャイズ加盟店は、少なくとも1株5万円以下にはならないと思っていたでしょうし、ASH社側もその前提で出資を促していたと思われます。
東京地裁は、ASH社がASM社株1株を5万円で買い取らなければ多数の株主が買い取りに応じず、そのような状況で株式交換決議により強引に、株主が有するASM社株1株をASH社株0.2株と交換するとすれば、出資額5万円を大きく下回る約8500円相当の対価しか与えないことになって、ASM社株主である有力フランチャイズ加盟店との間に軋轢が生じ、ASH社グループの事業に悪影響を及ぼす可能性があったことを認めました。ASH社にとって、ASM社株主である有力フランチャイズ加盟店との協調関係を維持することが重要であって、そのための支出はやむを得ないと考えて、ASM社株買取価格決定につき経営陣の注意義務違反はないと判断したのです。
他方で、東京高裁は、5万円より低い価格では多数の株主が買い取りに応じないかどうかは真剣に検討されていないこと、また、完全子会社化の必要性との相関関係で買取価格を決めていないこと(つまり、1株1万円より相当に高額でないと多数の株主が買い取りに応じないとすれば、本当に完全子会社化の必要性があったのかが検討されていないということのようです)を指摘して、経営陣の注意義務違反はあると判断しました。
ある会社を完全子会社化するかどうか、その場合の対価をどうするかは、経営者があらゆる事情を考慮した上で判断するべき事項であり、常識外れな判断でない限り経営者の裁量に属することです。
このような経営者の判断が常識外れかどうかを判定することは、法令等の違反が問題となるケースとは異なり、容易なことではありませんし、事後的に厳しく判定することは自由な経営判断を妨げることになります。
そのため、法令等の違反がないにもかかわらず経営者の判断の誤りを認めた判例はあまりありません。
本件のような判例が今後も続くのか注視したいと思います。